行き当たりばったりで生きる

こうした姿を間近で何度も見てきたからこそ、私は「絶望したくなければ夢を見るな」と提案したいのだ。なまじっか夢を見てしまったがために、その夢が実現していない現状を嘆くことになる。であれば最初から夢など見ず、行き当たりばったりで生きればいい。

その際に重要なのが「思い付き」である。そして、次に重要なのが「その思い付きを相談できる人」だ。

それは2008年のこと。私にとって「師匠」ともいえる存在であり、現在は博報堂で執行役員を務めている嶋浩一郎氏と、次のような会話をしたことをよく覚えている。当時の状況を補足しておくと、私は2006年からニュースサイトの編集を手がけるようになっており、嶋氏から「自分が携わっている某大手出版社(X社)の雑誌記事をウェブに展開したいのだが」と相談を持ちかけられたのだった。

【嶋】いまのネットに出回っているコンテンツのクオリティを考えると、オレが担当しているX社の雑誌記事だったら十分勝てると思うんだ。それらの記事をネットで効果的に活用するには、どうやって出せばいい? お前、この2年ほど、ネットニュースを扱ってきたよな? その知見を活かす仕事をしてもらいたいんだよ。

【私】オレもそう思います。X社の雑誌はクオリティが高いので、Yahoo!をはじめとしたポータルサイトも配信を受け入れてくれるでしょう。そして、実際に記事を出したら案外PVを稼げると思います。

【嶋】じゃあ手伝ってくれ。オレもX社もネット記事の作り方とか、いろいろ学びたいし。

かくして、私はここからより本格的にネットニュースの編集業務に携わることとなる。そして嶋氏のこの「思い付き」を実現すべく、それまで一緒にネット記事を作ってきたライター軍団にも参加してもらった結果、このプロジェクトは無事に始動し、けっこうな額のお金をもらうこともできた。

大切なのは「思い付き」

そしてその2年後には、小学館において、総合出版社では恐らく一番手となる「雑誌記事をネット向けに再編集した記事を主軸に置く、新しいスタイルのニュースサイト」としてNEWSポストセブンを立ち上げることになる。

当初はあくまでも同社のネット戦略をどう考えればいいか? という漠然とした相談だった。だが、議論を重ねる過程で「出版業界のなかで一歩先をゆくニュースサイトを始めよう」という意欲的なプランが形づくられていった。

これもいわば「思い付き」の産物である。「X社の手法と同様のことをすればいいのでは」とひらめき、一案として小学館に提示した結果なのだ。以後、同様のネットニュース編集業務が私のもとに殺到し、収入が激増するようになった。

そうした経験を重ねて、私は「下手に夢なんかにこだわらなくていい。行き当たりばったりで構わない」「行き当たりばったりで現れた課題に、その都度誠実に応えていけば、結果は自然とついてくる」という確信を深めていった。

さらに「夢という曖昧で掴みどころのないものではなく、目の前の課題(仕事)から発想した『○年後にはこうなっていたらいいな』『こうすれば、きっと実現できるだろうな』という未来を、現実的に思い描いていくことが重要なのだな」と考えるようにもなった。私が「夢」ではなく「目標」を持てというのは、そういうことなのである。