「世界に一つだけの花」というウソ

近年の日本社会に広まる「夢」に関する言説を語るうえで、ある歌謡曲の出現を見逃すことはできない。2002年に発表されたSMAPの楽曲「世界に一つだけの花」だ。

花
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同曲は「一人ひとり、みんな違っていい」「ナンバーワンよりオンリーワン」と説き、多くの共感を呼んだ。この曲はのちにSMAPの代表曲のひとつとなっただけでなく、作詞作曲を担当した槇原敬之のセルフカバー版を筆頭に数多くのアーティストにもカバーされて、いまでは国民的楽曲として定着している。教育現場にも採り入れられ、授業内で歌われたり、合唱コンクールの課題曲になったりもしている。そうした背景もあって、メディアや教師たち、そして親たちは、この楽曲の世界観にならって「各人が各人に合わせた夢を持つべきだ」と子どもたちに伝えるようになった。

私は1973年生まれだが、この歌が流行った2000年代前半あたりまでは「夢を持て」「みんなオンリーワンなのだ」と臆面もなく語るような言説はあまりなかったように感じている。もちろん小学校の卒業アルバムや文集などに「将来なりたいもの」という項目はあったものの、「夢」という言い方はいまほど乱用していなかった。私は「教師」と書いたが、多くの男子児童は「プロ野球選手」などと書いていた。

とはいえ、プロ野球選手と書いた子どもたちも、本気でなれるとは思っていない者が大半だっただろう。ほかにこれといって思いつかないから、自分の知っている職業のなかでもっとも憧れるプロ野球選手を書いただけなのである。

だが、21世紀に入っておよそ10年のあいだに「夢は必ず叶う」「みんな特別な存在」的論説はすっかり市民権を得るようになっていった。

美辞麗句やきれいごとが世間に溢れる

世知辛いことをいうようだが、才能のない者は、その分野でいくら将来の明るい展望を追い求めても(夢を持っても)、実現できる可能性は限りなくゼロに近い。それが現実だ。ところが「夢を諦めたらダメだよ」的J-POPが2000年代前半以降に蔓延し、すっかり夢を持つことの重要性が一般化したのである。

私はこの風潮に当初から違和感を抱いていた。そして、夢にまつわるヌルい言説に真っ向から対立する新書『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』(星海社)を2014年に上梓した。

本の内容としては「近年、世間に美辞麗句やきれいごとがあまりに満ち溢れすぎている」「しかし現実の社会は理不尽や不寛容、事なかれ、差別、優勝劣敗で成り立っており、自分が夢想したとおりの人生を歩めることなど滅多にない」「仕事なんてものは『怒られたくない』からやるのである」といった、身もふたもないものである。