「夢」に辟易しだした人々
同書は『凡人のための仕事プレイ事始め』(文藝春秋)という2010年に書いた単行本が前身になっている。この本に加筆修正を加え、再編集を施したものが『夢、死ね!』だ。
2010年当時、文藝春秋の40代編集者は36歳の私が書いた内容を「仕事論」と捉えたが、新書化を担当した星海社の20代編集者は「夢の諦め方」と捉え直したのが実に興味深い。2000年代前半に小中学校に通った若者たちは、それだけ夢を持つことの重要性を学校で叩きこまれ、社会に出てから現実の厳しさに打ちのめされていたのだろう。
『夢、死ね!』の担当編集者・I氏は「そんなのはまやかしです。だから中川さんに加筆していただき、タイトルも一新して刊行したいんです!」とオファーしてきた。結果的には新書のほうが圧倒的に売れたわけで、たぶん「夢」に辟易としている人々から支持してもらったのだろう。
同書ではまえがきで、サッカー選手の本田圭佑がイタリアのプロサッカーリーグ・セリエAの名門クラブ「ACミラン」に入団するという夢を叶えたことに触れている。本田は小学校の卒業文集に「セリエAで10番」と書いていたのだが、その夢を見事実現させたと各種メディアが絶賛したのだ。だが、あくまでも本田は日本サッカー界におけるナンバーワン級の選手であり、日本のサッカー経験者の99.9999%は本田になれない、と私は断言した。そして、まえがきではこう続く。
持つべきは「夢」ではなく「目標」
私は本のなかで「夢」なんかよりも「年収1000万円になる」や「国家公務員試験に合格する」といった、現実的な「目標」を設定することのほうが生きるうえでは重要だと述べた。さらに、ワタミの創業者である渡邉美樹氏が著作や講演などで語っている「夢に日付を!」という考え方よりも、「夢を諦める日付を」と引き際を冷静に見極める姿勢のほうが大事だとも解説した。
加えて、芸人やミュージシャン、作家などは「今回は審査員が悪いだけだ」などと愚痴を並べ、夢の諦めどきをなかなか見極められない人も多いが、スポーツ選手であればかなり早い段階で潔く諦められることも述べた。
そりゃそうだろう。大谷翔平と高校時代に岩手県の大会で対戦したら「あっ、これはレベルが違うわ。オレなんてプロになれるわけがない。さっさとプログラミングの勉強でも始めよう」「素直に家業を継ぐか」といった話になるに違いない。