「お店に来るのではなくアウトドアに出かけてほしい」

さて、ナラティブを描くにあたっては、大きく2つの大切なポイントがある。

ナラティブの「範囲」と「余白」だ。まずは、それぞれがどういうことか、解説していこう。ナラティブの「範囲」を決めるひとつめの重要な要素が、ナラティブの「範囲」である。

具体的には、「物語的構造」の舞台はどこなのか、その中には誰が登場するのかを決めること――ナラティブを描くことが脚本家の仕事に近いとすれば、まさにドラマの舞台設定と登場人物設定がそれにあたる。

米国には「ブラックフライデー」と呼ばれる日がある。感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日であるブラックフライデーは、国民的な「セールの日」。小売業界にとっては最大の書き入れ時だ。

このブラックフライデーに、なんと、「150を超える全店舗を休業する」と発表して話題になったのが、米国有数のアウトドアブランド、REI社だ。そもそも、近年のブラックフライデーには、大勢の客が並んだり店舗に押し寄せたりすることから否定的な世論もあった。

写真=iStock.com/RiverNorthPhotography
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「お店に来るのではなく、アウトドアに出かけて自然に接してほしい」というメッセージは大きな共感を持って受け入れられ、REI社はその株を上げた。これぞ素晴らしいナラティブであるが、さらに注目したいのはその「範囲」だ。

REI社は、アルバイトを含むおよそ1万3000人の全社員に有給休暇を与え、まったく同じメッセージ――仕事に来なくていいから、家族や愛する人とアウトドアに出かけてください――を従業員にも体現した。

教育委員会を動かしたパンテーンのキャンペーン

つまり、REI社の「物語的な構造」には、ユーザーやアウトドア業界だけではなく、重要なステークホルダーである自社従業員も巻き込まれた格好だ。インターナルコミュニケーションとしても秀逸であり、ナラティブの範囲がよく考えられた実例だろう。

日本でも、最近はナラティブの範囲が戦略的によく考えられたキャンペーンが注目を浴びるようになってきた。2019年に大きな話題となった、ヘアケアブランド「パンテーン」の、「#この髪どうしてダメですか」キャンペーンもそのひとつだ。

パンテーンの事例

P&Gのヘアケアブランド「パンテーン」は、「あなたらしい髪の美しさを通して、すべての人の前向きな一歩をサポートする」というブランドフィロソフィーを持つ。

そして、このフィロソフィーを世の中に広めるために、2018年より「さあ、この髪でいこう。#HairWeGo」というブランドメッセージのもと、髪にまつわる日本の同調圧力に疑問を呈し、一人ひとりの個性を考えるきっかけをつくるキャンペーンを展開している。

中でも「#この髪どうしてダメですか」キャンペーンは大きな反響を呼んだ。地毛なのに黒染めを強要されたり、「地毛証明書」の提出を求められたりする、いわゆる「髪型校則」にアプローチした結果、有志によって、黒染め指導廃止を求める署名活動が発足した。

結果的に約2万人の署名が集まり、東京都教育委員会が都立中学高校での黒染めの指導廃止を宣言するなど、社会的な行動変容を促すことに成功したのだ。

これにより、2019年には公益社団法人日本パブリックリレーションズ協会が主宰する「PRアワードグランプリ」でゴールドを獲得。キャンペーンの取り組みを通して、社会を巻き込みながらブランドの理念を体現したことが評価された。