一人の女子高生から生まれたナラティブ
このキャンペーンが考え出されたきっかけは、長く売り上げが低迷していた「パンテーン」ブランドのテコ入れを考えていたP&G APACフォーカスマーケット ヘアケア事業部のマーケティング統括責任者である大倉佳晃氏の個人的な体験からきている。
それは、就職活動だ。個性を表現することが好きな大倉氏は、就職活動のために真面目に見える髪型にしたりリクルートスーツを着たりすること、そして、就活生らしい身だしなみであるべきという同調圧力が、どうしても我慢ならなかった。
実際、P&Gの面接は穴あきジーンズで臨んだという。現在シンガポールに駐在している大倉氏は、海外に住んでいても感じる日本の同調圧力に違和感を覚え、同調圧力と個性でブランドアクションを取れないかと考えた。
ひとつは就活生を応援する「#令和の就活ヘアをもっと自由に」キャンペーン。139社が賛同し、就職活動を行うことを応援するTV広告・動画も公開した。もうひとつ、就職活動以外の切り口をマーケティングチームで探していた時に見つけたのが、地毛証明書の存在だ。
2017年、生まれつき茶髪の女子高生が、学校からの度重なる黒染め強要で精神的苦痛を受け、訴訟を起こした事件がニュースになった。しかしその後は社会的に髪型校則について見直されるアクションがないままになっていた。
マーケティングチームにとってこの事実は、一人の女子高生のストーリーにつながる、新たなナラティブの発見だった。このテーマで行こう、という判断は早かった。
ちなみに、シナリオのテーマを社会的にニュースになっていることから見つける、つまり、ローカルでユニークなマテリアルを探すことはPRの定石である。この場合は、日本独特の学校校則や茶色い髪の毛の黒染め強要という、他国ではありえない事実や風潮がテーマ設定にピッタリはまった。
いかにして社会課題を身近に感じてもらうか
さて、次はこのテーマを、社会課題として自分にも関係がある、と感じてもらえる範囲を設定しなければならない。このキャンペーンでコアとなるのは地毛証明書と地毛が茶色い人だ。
そして、その周りを同心円的に、髪型校則、自分が学生だった頃、と範囲を拡張していく作業を行ったそうだ。ここで注目してほしいのが、「校則」ではなく「髪型校則」と範囲を限定したことだ。
昨今、一般社会から見れば不合理な学校独自のルールを「ブラック校則」と呼び、社会問題として扱う気運が高まっている。しかしそれでは、ヘアケア商品であるパンテーンというブランドからは離れてしまう。
事実、キャンペーンの範囲設定については、かなりディスカッションを重ねたという。どこまでの範囲の人を巻き込むか、それはビジネスの目的に適うか。ナラティブにおいては、そのバランスの見極めが大切だ。
最終的にステークホルダーの範囲は、理不尽な髪型校則をコアとして、今の女子高生、かつて女子高生だった人、社会問題に敏感な人、と雪だるま式に膨らませていった。