2020年8月、「冷凍食品は手抜きなのか」という論争がSNSで起きた。このとき、冷凍食品大手の味の素冷凍食品が、あえて論争に加わり、大きな反響を得た。PRストラテジストの本田哲也さんは「消費者との“共体験”を作ることで、社会に大きな影響を与えることができた好例だった」という――。(第2回/全2回)

※本稿は、本田哲也『ナラティブカンパニー:企業を変革する「物語」の力』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。

餃子
写真=iStock.com/wckiw
※写真はイメージです

“おみくじ”でバズったサントリーの伊右衛門

ナラティブにおける「余白」とは? さて、次にもうひとつのポイントである「余白」に話を進めよう。

ナラティブとストーリーの違い
出所=『ナラティブ・カンパニー』
【図表】ナラティブとストーリーの違い

ナラティブの特性は前稿でも述べたが、ストーリーにおける主役が企業やブランドなのに対して、ナラティブではあなた(生活者)を含むマルチステークホルダーが演者=物語の登場人物となる。ストーリーには「起承転結」があって必ず終わりが来るが、ナラティブは現在進行形であり未来をも包含するので「終わり」という概念がない。

そして、ストーリーの舞台が業界や競合環境なのに対して、ナラティブの舞台は「社会全体」だ。ここではストーリーとの違い、という観点から解説しているが、この3要素こそが、すなわちナラティブというものの特性なのだ。

ナラティブとストーリーの違いは、物語が「共創」されるかどうかであり、コロナ禍も経て世の中では「共体験」の価値が向上している。

そして、共創することが前提であるなら、ナラティブには、生活者やステークホルダーが「参加できる余地」があってしかるべきだ。「コミュニケーションの余白とは、オーナーシップを受け手に託すということです」。クリエイティブディレクターの嶋浩一郎氏は言う。

「コンテクストデザイナーの渡邉康太郎さんから聞いた話ですが、ある日、彼がある食材をテイクアウトしたら、パッケージに『シェフとして格好よくこれを盛り付けてください』と書いてあったそうです。例えばこれも、受け手がひとつの物語に参加している感じがあって、非常にナラティブだと思います」

サントリーの「伊右衛門」と言えば、日本人なら誰もが知る緑茶飲料のロングセラーである。京都の老舗「福寿園」と共同開発された伊右衛門は、CMなどを通じてそのこだわりやブランドストーリーを訴求してきた。

その伊右衛門が、2020年4月にリニューアルされ非常に好調だという。リニューアルした伊右衛門では、ラベルの内側にフクロウや七福神などのイラストを配した。さらに発売後のキャンペーンでは、「大吉」や「中吉」といったおみくじを印刷した。

その結果、「おみくじ当たった!」などラベルはがしを楽しむSNS投稿が活性化される。これまでの伊右衛門が、「ブランドストーリー」的なアプローチだったとすれば、リニューアル後のアプローチにはナラティブな要素が含まれている。

「ブランドの物語」から「ユーザーの物語」へのシフトだ。ここにも、「受け手が参加できる」という、コミュニケーションの余白が存在している。このように、「余白」の考え方は、ナラティブを描くにあたっては非常に大切な発想なのだ。

ナラティブにおける余白は、2020年のコロナ禍のさなかに世の中の話題となった、「手間抜き論争」にも見てとれる。事例を見てみよう。