「ブランドは常にきっかけを与える人」
さらに重要なのが、キャンペーンのタグラインだ。「#この髪どうしてダメですか」に決まるまで、どういう問いかけなら機能するか、毎回チームで侃々諤々の議論をしたのだそうだ。
テーマを表しつつ会話を促し、さらにエモーショナルなタグラインは何か。決め手となったポイントは、次の3つだ。
2 主人公の声を代弁できている。さらに、SNSなどでの投稿に使える。
3 具体的な敵をつくらない。主語を入れず、社会に向ける言葉として機能させる。
見事に狙いどおりとなり、ハッシュタグ「#この髪どうしてダメですか」はツイッターで累計18万ツイート超えを達成、今もなお投稿され続けている。
さて、ステークホルダーとブランドとのナラティブな関係を考える時、キャンペーンにおいてブランドはどういう立ち位置で登場すればいいだろうか。この問いに大倉氏は次のように答えた。「ブランドは常にきっかけを与える人」。
もともと問題意識を持っている人に、きっかけを与える存在だ、ということだ。このキャンペーンのユニークな点は、卒業生も含めた学生と先生の対話の場となっただけでなく、世間における髪型校則についてのアクションをパンテーンが回収する構造を作り出したこと。
そして、髪型校則の問題を社会全体のアジェンダへと押し広げたことだ。それが冒頭で紹介した署名運動と、都立中学高校での黒染め指導の廃止宣言へとつながる。
さらにテレビをはじめとして、さまざまなメディアでも大々的に取り上げられ、ドラマ『ブラック校則』(日本テレビ)の映画化も決定した。そしてこのキャンペーンにより、やや古いイメージとなっていたパンテーンへの消費者のパーセプションが変わり、イメージも売り上げも上がったそうだ。
テーマ設定、リレーションすべき相手の範囲、キャンペーンのタグラインすべてがしっかりと噛み合った、素晴らしい取り組みだと言えるだろう。
「物語を共創する人が誰なのか?」がナラティブの範囲を決める
パンテーンの「#この髪どうしてダメですか」では、この範囲設定についての議論が尽くされた。
ナラティブの範囲をどこまでにするかで、社会的なインパクトや、ブランドマーケティングの成果が左右される。「地毛証明書」のナラティブはセンセーショナルではあるが、社会全体で言えば範囲が狭い。
多くの女子高生にとって「ワタシに関係のあることだ」と自分ゴト化されなければ、マスブランドであるパンテーンにとって意味がない。では、それを一気に、「ブラック校則全般」まで広げたらどうか。理不尽な校則に思いあたる高校生は非常に多く、社会的な報道も広がるだろう。
しかし、あくまでパンテーンというブランドの「自分らしさ(オーセンティシティ)」は、「髪」なのだ。ブランドパーパス起点のナラティブである以上、「校則全般」では範囲を広げすぎということになる。
そこで、最終的にナラティブの範囲は「校則と髪」に帰着した。ナラティブの範囲設定は、「物語的構造」に当事者として参画し、「物語を共創する人が誰なのか?」を決めることにほかならない。