室内からは「カート」が全部で7台も出てきた
「あの、片付いていなくて……」
Sさんは私たちを見ながら、おどおどと言う。平出さんが「大丈夫ですよ」と優しく声をかける。室内に「床が見えるスペース」ができるまで、「玄関付近の外にいたほうがいい」と提案した。作業を始めて数十分もすれば、室内にスペースができますから、と説明する。
結局、Sさんは玄関ドアから2メートル程度離れた屋外の柱の近くにいることになった。貴重品の詰まったキャスター付きのショッピングバッグ(Sさんは「カート」と呼ぶ)を自分の前に置き、それに寄りかかるようにしている。ズボンの裾は膝のあたりまでめくれていて、そこからのぞく足がむくんでいた。以前、終末期の訪問診療の同行取材で、似た足のむくみを見たことがある。さらにどこかにぶつけたらしい傷跡もある。痛みを感じないのだろう。重度の糖尿病かもしれない、と思った。
この日は手袋、マフラー、コートでフル装備をしても、身震いしてしまうほど寒かったが、Sさんはカーディガンを羽織っているだけだった。
「寒くないですか?」
私が尋ねると、「大丈夫」とうなずき、「部屋にあるカートには、中身が入っているかもしれない」と心配そうにつぶやく。室内からショッピングバッグが全部で7台も出てきた。Sさんと一緒に中身を確認し、どれも空だったので「処分」にまわす。
「緑色のバッグはいるの!」
Sさんに断ってその場を離れ、私も室内に入った。ゴミ袋の中身は汚れたティッシュが多い。そのほか、普段から使っている様子のスーツケースやカバンなどもゴミ袋に入っている。室内には、むき出しで置いてある物のほうが少ないくらいだ。本人なりの“仕分け”なのかもしれない。
ゴミ袋の山を整理していると、布製の黄色や青色のバッグもたくさん出てきた。中身を確認しながら処分を進めていると、
「緑色のバッグはいるの!」
と、玄関付近からSさんの叫ぶ声がした。作業員同士で顔を見合わせ、
「緑ですね。わかりました。とっておきます」
と、玄関に向かって返事をした。「緑色のバッグ」はなかなか見つからない。ようやくゴミ山の下から出てきたものは、薄手のエコバッグのようなものだった。ゴミ山から出てきたくらいだから、もちろん使っている形跡はない。中をのぞくと透明なビニール袋が入っているだけだった。
「この緑色のバッグが必要なんですか?」
Sさんの近くまで行ってそれを確認すると、彼女はうなずいて無言で私の手から奪い取る。