水道が止まっていて、トイレが使えないために…

室内のゴミ袋やバッグを運びだしていくと、至るところからゴキブリが出てきた。1DKの中で、私が見ただけでも100匹はいただろう。

しかも勢いのあるゴキブリだ。物をどかして室内の照明に照らされるとサーッと動き出す。食品保存用のプラ容器の中にもゴキブリがいて元気に走りまわり、勢いあまってゴキブリ同士でぶつかっている。適度に暖かく、食べ物は豊富、ゴミ山による死角も多く、きっと住み心地が良いに違いない。大中小とさまざまなサイズのゴキブリがいて、中には半分体がちぎれていたり、物につぶされて圧死しているものもいた。

このようなゴミ袋が山積みされていた(撮影=笹井恵里子)
このようなゴミ袋が山積みされていた(撮影=笹井恵里子)

むきだしの荷物も、ゴミ袋に入っている荷物もカビが生えている。袋同士の隙間から、未開封のサバ缶やお茶のペットボトルが大量に出てくる。なぜか消毒薬も多い。木箱に入って「新米」のシールが貼られた、未開封の米も出てきた。もちろん数年前のもので、もはや“新米”ではない。

そして予想通り、「便」も大量に出てきた。作業前はトイレの前にゴミ袋が山積みだったので中を確かめることができなかったが、室内の荷物を搬出した後にトイレのドアを開けてみると、そこにはビニールに包まれた大量の便があった。水道が止まっていて、トイレが使えないようだ。

作業員が「なんか臭うな…」とつぶやいた

水道料金を支払っていないからではない。本人は「水道が壊れている」と主張するが、どうやら元栓を閉めているらしい。「蛇口をひねると、水がびしゃーっと止まらなくなるの……」と言う。「もし水が止まらないことがあったら、また元栓を閉めればいいですから」と説得して、開栓し、水道を使える状態にしておくことになった。

生前・遺品整理会社である同社は、便の回収はできない。後日、自治体の清掃事務所に回収をお願いすることになるという。

休憩中、トラックの荷台近くで、一人の作業員が「なんか臭うな……」とつぶやいた。ゴミに紛れて少しだけ、便が処分ダンボールに入ってしまったようだった。

「サービスで1、2箱(便が)入っている」

と、平出さんが冗談めかして答える。

「フレッシュな臭い」

つらい現場もジョークに代えてしまうのが同社現場のいいところ。けれど私はこの日は、皆と一緒に笑えなかった。

Sさんはゴミ袋がなくなっていくことが不安そうだった。作業員が処分用のダンボールに入れる様子を凝視し、たびたび「それは何?」と尋ねる。物を見せて、「いりますか?」とたずねれば「いる」と答える。けれど、こちらが「汚れているから」と説明して、処分の方向に促せば、納得するものの、部屋が片付いていく様子にうれしさが感じられなかった。依頼人の満足が得られないと、作業を続けることがむなしい。