「日米貿易不均衡」で露呈した逆説の構造

私はかつて日米貿易不均衡の問題でアメリカと議論したとき、原因はアメリカ商品を買わない、という日本側の問題ではない、という自論をぶつけたことがある。そのカラクリはこうだ。

日本からの輸出を見てみれば、日本に進出したIBMがパソコンを、ゼロックスが複写機を、インテルやテキサス・インスツルメンツが半導体部品を、クライスラーと提携した三菱自動車が「チャレンジャー」という米仕様のクルマを、それぞれ輸出している。つまり米企業が日本で生産したものを本国に輸出しているのであって、実態は、アメリカ人ばかりが日本製品を買って、日本人がアメリカ製品を買わないわけではないということ。

米企業は日本で売るものを自国内でつくらず、非常に早い時期に大市場である日本に進出して日本で生産する。たとえばコカ・コーラは清涼飲料のトップメーカーだが、日本にコーラの完成品を輸出しているわけではなく、原液を持ち込んで日本でボトリングしている。また、マイクロソフトのような企業から購入する各種ソフトウエアは、ほとんどがインターネット経由でダウンロードされるので、通関統計に引っ掛からず、輸入額にカウントされない。

こうした現地化とネット経由が米企業の特徴であり、対して日本企業は日本でつくった製品をアメリカに輸出している。だから表に出てくる数字に大差が出るのであって、その部分を修正すれば、貿易不均衡は統計上の問題であってアメリカの主張する日本人に米国製のモノを買う気がない、という問題ではない――こう主張したのである。

しかし、である。当時の米企業の現地化とまったく同じようなことが今の日本でも起きている。

たとえば、ニコンのカメラ。最高級の一眼レフカメラは日本製ではない。レンズもボディもメード・イン・タイランドである。“メード・イン・ジャパン”の最後の聖域とされてきた精密機械の一眼レフカメラでさえ、今や海外でつくられているのだ。

タイは離職率が低いし、今の日本の若者よりよほど忍耐力がある。もちろん労働コストも日本に比べてはるかに安い。私もタイ製ニコンの一眼レフを持っているが、実に素晴らしい出来栄え。タイのような国でここまでのレベルの製品がつくられるようになったら、もう日本での生産に戻ることはない。

このように昨今の貿易収支の数字が何を意味しているかといえば、要するに「日本企業のアメリカ化」であり、「日本のアメリカ化」なのである。日本企業の海外現地化が進み、そこでつくられた製品が日本に入ってきて貿易収支の黒字を減らし、ひいては外貨準備高にも影響を及ぼしていると考えられるのだ。

アメリカから世界に進出した米企業は戻ってきたためしがない。為替がどうなろうが、米政府がどんな政策を打とうが、アメリカには戻ってこない。