雪化粧の箱根に感嘆したジョブズ

2月という時期で道路の凍結を危ぶんだのですが、気候にも恵まれ周りの景色をしっかり堪能しました。会議を行う会場に皆が集まったとき、ガラス張りの部屋の外に見えたのはうっすらと雪化粧をまとった箱根の山並みでした。そのときのスティーブの景色を見やる顔に、静かな深い感動に浸る目と、穏やかな喜びに感じ入る笑みが浮かび上がりました。

スティーブが感嘆して「素晴らしい」とアップル日本法人の原田泳幸社長に声をかけると、「さっきスティーブのために雪化粧のスイッチを押したんだよ」と言う原田社長の言葉に笑いながら、スティーブは満足げにまた景色を眺めました。そのとき、スティーブが持つ、静かな美を受け止める繊細さと豊かな感性を間近に感じることができました。

宇宙にへこみを残すディスラプターの感性に、日本の心と文化が陰ながら大きな力をもたらしたと考えると、自分が日本に生まれ生活していることをありがたく、誇らしく感じます。

商品について語らない、史上に残る傑作広告

広告史に残る最高傑作の1つとしてたたえられるThink differentの原案は、広告代理店シャイアット・デイのアートディレクター、当時33歳のクレイグ・タニモトによって作られました。それをケン・シーガルとリー・クロウが磨きをかけて完成させ、スティーブが世に送り出したのです。クレイグは、Think differentの言葉とコンセプトがひらめいたときの状況を「啓示が降りた」と言い、そのときの様子について、2015年12月に掲載された「フォーブス」誌のインタビューで語っています。

彼のアイデアの発散はアップルのロゴを描いてみることから始まりました。そして、アメリカの画家のキース・ヘリングやシュルレアリスムの画家、ルネ・マグリットのオマージュのようなものをロゴに添えてみましたが、どれも不満が残ります。次の方向性はアメリカの絵本作家で詩人でもあるドクター・スース風の詩で始めました。個が確立し、反骨精神を持ち、自分の土俵に立っているさまを詩で表すとどうなるか。そのときに思い浮かんだのが「Think different」でした。

それを紙に書いて口に出して読んでみると、心が高鳴りました。さっそくアップルのロゴの下にこの言葉を置いてみました。当時のIBMが掲げていたスローガンが「Think」だったこともあり、アップルらしさが際立つコピーであると確信したのです。