一度は却下されかけた「Think different」

本当の奇跡が起きたのはこの後です。彼は日頃から頭に浮かぶアイデアをスケッチブックにまとめていましたが、Think differentと書き込んだページの裏に、たまたま、彼が以前に描いたトーマス・エジソンと、頭の上で電球が光を放射している絵がありました。そこでエジソンとThink differentのコピーを合わせてみると、単なる1+1=2ではなく、それ以上の力がみなぎりました。その後はアインシュタインやマハトマ・ガンディーなどをどんどん組み合わせていきました。方向性がはっきり見えた瞬間でした。

彼はその晩、どういうストーリーでこのアイデアを固めるかを考えました。この提案はコンピュータについては何も語りません。登場する偉人もアップルユーザではありません。しかし、アップルの理念を共有している人たちです。すなわち、新しいことを起こし、自分が信じることを突き詰めることに恐れを抱かない人たちでした。

シャイアット・デイの社内では4つのチームから提案が上がり、クレイグの案は明らかに浮いていましたが、結果的に彼の案が採用されアップルに提案されました。当初、スティーブはこの提案を見送ろうとしています。世界の偉人を讃える内容のコピーがスティーブ自身を自画自賛しているように受け止められ、傲慢だと批判されると考えたからです。しかし、すぐに彼は思い直して、暗黒の淵に深く沈んでいたアップルに一条の光をもたらすインパクトのある広告が誕生しました。

「思い」や「ひらめき」は人間を前進させる

広告は、企業が自社の提供する商品やサービスについての情報を伝達するコミュニケーション手法の1つ。私たちがコミュニケーションをするのは、単に情報を伝達すること以上に、人の感性や心に訴え、行動を起こさせることが重要です。

ここで言う行動は、具体的には広告に接する「顧客」が、商品やサービスを購買することを指します。ただ、ブランド広告はブランドに対するイメージの向上や愛着を強化することを目指すので、Think differentがそうであったように、商品・サービス・価格・機能といったものはコミュニケーションされません。そして、そこで伝達されるのは、理念であったり、信条であったり、物事に対する想いであったりと、五感では知覚できないものになります。そこには感性やエモーション(感情)が関係します。