ボリュームゾーンを追いたくなる誘惑を断つ

神戸ベイシェラトンが、努力を重ねながら獲得していった顧客の中心はレジャー客だ。神戸や大阪のホテル需要の主流はビジネスだが、そこは大きな都市圏であり、懐は深い。ホテルでゆっくりすごしながらの観光を楽しみたいという需要も十分ある。

改革を重ねたことで、当初は24億円程度だった神戸ベイシェラトンの売り上げは、主に宿泊売上の増加から2015年以降は32億円を超えている。客室稼働率は当初の1.3倍の90%近くに高まった。温浴施設がオープンした2014年以降は、客室単価も上昇している。

ビジネス利用においても、便利さだけが求められるわけではない。たとえばエグゼクティブ層が、神戸や大阪での重要な商談や会合を前に、気持ちを整えるためにホテルに前泊することもある。朝には緑の多いホテルの周辺でウオーキングやランニングを行い、温泉に入り、地産地消の朝食をとる。ビジネス利用の主流ではないが、こうした宿泊にこたえることにも神戸ベイシェラトンは向いている。

2020年からは、ホテルに隣接するモールにドッグホテルをオープンさせるなど、さらに新しいスタイルの宿泊にこたえる取り組みも続けている。神戸ベイシェラトンは高速道路でのアクセスがよく、関西国際空港からのリムジンバスなどもある。ペットとの旅には都心のホテルにはない利点がある。

ボリュームゾーンの顧客に殺到しなくても、施設や環境の特性にあった旅の需要に一つひとつこたえていけば、赤字ホテルの再生は不可能ではない。これは神戸だけではなく、淡路島でもホテルニューアワジがとってきたアプローチである。

2019年にホテルニューアワジは、岡山県の津山国際ホテルを引き継ぎ、ザ・シロヤマテラス津山別邸を開業した。ここは旧市街地の中心部にある。この施設と環境の特性を活かした新たな取り組みがはじまっている。

バカなと思われる戦略でレッドオーシャンへの突入を回避

ホテルだけではない。これからの日本においては、赤字転落していく地域の事業を、いかに新たな時代環境に合わせて再生していくかが、マーケティングのひとつの重要課題となっていくだろう。

ボリュームゾーンを追わない戦略を選択することは意外に難しい。誰もが期待したくなる顧客に頼らないわけだから、「バカな」と笑われる。しかし、このバカな戦略を選ぶ方が競合するホテルと顧客を奪い合うレッドオーシャン(競争の激しい市場)への突入を避けられる。

人と違ったことをするには覚悟がいる。しかし常識にこだわらない方が、自らの設備や環境に合った対応ができるのであれば、この選択は理にかなったものとなる。「バカな」と「なるほど」の組み合わせである。この非常識の合理性というマーケティングの要諦は、広く知られているように、経営学の泰斗である神戸大学名誉教授の吉原英樹氏が示したものである(『「バカな」と「なるほど」』同文館、1988年)。

この吉原氏のエッセイは、高度経済成長期の温泉ホテルの事例をもとに書かれた。時代の条件は変わったが、このマーケティングの要諦については、成長の時代が終わった今も通用する。

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