温故知新——古びた理論が危機を救う
2019年夏。私は、神戸大学MBAでの授業の後に、社会人学生の水野知子さんから話しかけられた。お礼を言われたのだ。娘である蒼さんの高校生バンドに、私のマーケティングの授業が役立ったという。
「そんなことも、あったりするのだな」と聞き流しかけたが、何かが引っかかった。
その後、若干の確認をメールで行った上で私は、蒼さんにインタビューを申し込み、関係しそうな文献の読み込みを進めることにした。
こうして出会ったのが以下のストーリーである。
そのストーリーが意味するところは、温故知新である。すでに定番となり、古びた感すらあるマーケティングの理論が力を発揮したからだ。
物語のメインテーマであるマネジリアル・マーケティングは、50年以上前に米国で定式化され、現在でも世界中の企業活動に広く用いられている。役には立つのだが、新鮮味は乏しい、教科書的な知識と思われがちだ。
しかし、蒼さんは、この業務管理型のオペレーションのツールと見なされがちなフレームワークを、創発型のオペレーションに用いていた。ティール組織などの組織運営の新しい発想にもつながる動きが、至近距離の未来をたぐり寄せようとする、高校生たちによって生じていた。
夏のライブという夢
「ねえ、バンドやろうよ」。すべてはこの言葉から始まった。関西学院千里国際中等部・高等部という中高一貫校の仲良し女子5人組が、高1のある昼休みのおしゃべりで、盛り上がってしまったのだ。
「じゃあ、ギターは愛」「真由夏がキーボード」「ドラムは未来」「珠緒はベースね」。この5人組のなかで蒼は、マネジャー役を引き受けた。
全員がそろっての練習は週1回。その間は各人が家で練習する。軽音楽部に所属し、学園祭で演奏したりしていた。
高校2年生になって、そんなバンドに新しい夢が生まれた。夏休みにライブハウスを借り切って、自分たちで主催して、ライブイベントを開く。こんなアイデアを愛が4月に言い出したのだ。
ライブハウスは、8月に予約がとれた。参加してくれる学内のバンドなども6組集まった。夏フェスの運営は、蒼たちのバンドが担当するという約束のもと、高校生たちのプロジェクトが始まった。