iPS細胞の作製成功を発表し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥さん。その受賞にはライバルに負けない研究スピードが不可欠だった。行き詰まりそうな状況を打破したのは、工学部出身の院生による「ふつうの生物学研究者では考えられないようなアイデア」だった――。

※本稿は、山中 伸弥『夢中が未来をつくる』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

質問に答える山中伸弥京都大教授
講演後、質問に答える山中伸弥京都大教授=2016年3月7日午後、広島県東広島市の広島大(写真=共同通信フォト)

ES細胞の“しおり”を探す

一つひとつの細胞にはすべての設計図が描かれているのに、心臓になる細胞は心臓にしかならず、髪の毛になる細胞は髪の毛にしかならないのは、なぜなのでしょうか。

それは、細胞を「遺伝子の情報が書かれている本」にたとえるなら、その本に“しおり”がはさみこまれていて、そのページしか開けなくなっているからです。

髪の毛になる細胞は「髪の毛になる」という情報が書かれたページしか開けなくなっているし、心臓になる細胞は「心臓になる」ページしか開けません。

“しおり”がはさまれたページが違うので、それぞれが違う細胞になっていくわけです。

この“しおり”の役割をしているのは、細胞のなかの「転写因子」という物質です。

体のなかで起こっているこのようなしくみは、まだまだわかっていないことも多いのですが、とても不思議ですよね。

こうしたことがだんだんとわかってきて、私は一つの仮説を立てました。

ES細胞も体の皮膚からとった細胞も“しおり”がどこにはさまっているかの違いしかないとしたら、ES細胞の“しおり”を見つけることさえできれば、皮膚の細胞からもES細胞と同じような「万能細胞」ができるのではないかと思ったのです。

数万の遺伝子から24まで絞り込んだが…

私は研究室に入ってくれた学生や技術員たちと、その“しおり”を探す研究を始めました。

まずはマウスからつくったES細胞の“しおり”、すなわち体の細胞を初期化して万能細胞にするために作用する遺伝子を探しはじめます。

ここではコンピュータを使った予測が役立ち、数万もあった遺伝子のなかから可能性のある100ほどの遺伝子を選び出すことができました。さらにそこから、ES細胞に重要な働きをする遺伝子を24までしぼりこむことに成功します。大学院生の徳澤さんと技術職員の一阪さんが、これらの因子に初期化する力があるかどうかを評価する、とてもよいシステムをつくってくれ、これが成功のカギとなりました。

ここまで研究が進んだときに、一つの壁に突き当たりました。

これまでの実験はマウスのES細胞を使って進めてきたのですが、人体の治療につなげるにはヒトのES細胞で実験を進める必要があるのでは、と思うようになったのです。