iPS細胞の作製成功を発表し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥さん。その実績を手にするまでにさまざまな紆余曲折があったことは意外に知られていない。現在も一研究者であり続ける山中さんは「本当にやりたいことは、いろいろな挑戦をする中で見つかる」という――。

※本稿は、山中 伸弥『夢中が未来をつくる』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。

10以上の研究機関に手紙を書いた

研究者になろうと決めた私は、まず大学院に入ります。そこで4年間学んで学位を取ったあと、研究では世界の最先端であるアメリカに渡って、さらに深い研究をしたいと思いました。

山中伸弥さん
人の皮膚から万能細胞を世界で初めてつくった京大教授、山中伸弥さん(2007年11月)(写真=共同通信フォト)

しかし、たった4年間しか勉強をしていない私を受け入れてくれるところは、なかなか見つかりません。

このとき、すでに10以上の機関に、なんとか自分を受け入れてほしいと熱い思いをしたためた手紙を送っていました。手紙では、本当はできないことでも「こんなこともできます」などと少し大げさに書いてアピールもしましたが、どこからもよい返事をもらうことはありませんでした。

そのなかで、返事をくださった研究所が一つだけありました。それが、サンフランシスコにあるグラッドストーン研究所でした。

電話でお話ししたいというお返事をいただいたので、すぐに電話をかけると、応募していた研究所の先生ではなく、ほかの教授が出ました。

のちに、私のボスになるトーマス・イネラリティ先生でした。あとから聞いたところによると、彼は私が応募した手紙を読んで、興味をもってくださったとのことでした。

恩師の教え「VW」とは

「あなたは、一生懸命に働きますか?」
「はい!」

このときの会話で私の印象に残っているのは、こんなやりとりです。

ともあれ、私は無事にその研究所に留学できることが決まりました。そのときは跳び上がるほどうれしかったのを覚えています。

3年半におよんだ、このサンフランシスコでの留学生活は、私にとってかけがえのない期間となりました。研究者として、そして人間として、私はそこでたくさんのことを学べたからです。

もちろん実験や研究について、さまざまな手法も学びましたが、いちばんよかったのは、よりよき人生を歩んでいくうえで大切な教えに出合えたことでした。当時研究所長だったロバート・マーレイ先生の「VW」の教えです。

マーレイ先生は当時、ドイツの車・フォルクスワーゲンに好んで乗っていました。フォルクスワーゲンは略してVWと言いますが、マーレイ先生のおっしゃったVWは、もちろん車のことではありません。

まず「ビジョン(VISION)」――これは自分が何をしたいか、どうなりたいかという「夢」や「目標」のことです。それも目の前の小さなことではなく、何年か後にどうなっていたいか、将来どうなりたいかという長期的な夢、目標のことです。

そして「ワークハード(WORK HARD)」――これは懸命に努力すること。しっかりしたビジョンをもって、その実現に向けて一生懸命努力すれば、きっと成功するよ、というのがマーレイ先生の教えでした。