1970年代、熱海は企業の社員旅行先として活気に溢れていた。しかし、旅行が団体から個人にシフトして観光客が減少。働く場所がなくなり、町の人口も減少の一途をたどっていった。いま、その熱海が賑わいを取り戻しつつある。一時250万人を切っていた観光客数は、300万人台に回復。その立役者の1人が、空き店舗のリノベーション事業で町おこしをする市来広一郎氏だ。地方創生の鍵はどこにあるのか。田原総一朗が熱海を訪ねた――。
シャッター街を活気づけた秘策
【田原】市来さんは熱海のお生まれだそうですね。
【市来】はい。両親が熱海にある保養所の管理をしていたので。保養所は僕が大学2年生のときに閉鎖になりましたが、両親はいまも熱海です。
【田原】学校は東京都立大学の理学研究科。将来は物理学の研究者になりたかった?
【市来】そうですね。でも、学生のときに旅の面白さに目覚めて国内外を回っているうちに、社会にもう少しダイレクトに関われることをやっていきたいと考えるようになりました。
【田原】就活は、外資系のコンサルタント会社の内定が決まるも、その会社がIBMと合併して、IBMに入社する。