人に教える立場なら「表情」に細心の注意を

つけ加えると、顔の表情も、威力を発揮する。怒り、悲しみ、とまどい、快活、すべては顔の表情からはじまる。だれかの前を通りすぎるとき、その人物の顔の表情を見る。

すると、「あ、かなり強気みたい」とか「気分がのっていそう」とか、相手の心理をたちどころに汲みとれるだろう。それをこちらも逆に利用して、一言も発することなく、強いメッセージを相手に伝えることができる。

いまもいろいろなメーカーから、試合中にそのメーカーのブランドの帽子をかぶってくれないか、と頼まれる。帽子のスポンサー契約を結びたい、というのだ。だが、それはすべて断っている。帽子をかぶったら、プレイヤーとアイコンタクトがとれない。私の顔の表情を、プレイヤーが読みとれないからである。

貧乏ゆすりが見えなくてよかった

試合中に私が浮かべる顔の表情は、とても重要なのだ。試合中に私が渋い表情をしているのを見たら、プレイヤーはどう思うか。

なおみと組んでいるときも、試合中、私はつとめて明るい表情を浮かべているように心がけた。なおみがちらっとこちらを見たときに、「あの顔なら大丈夫、わたしはうまくやっているんだ」と安心してもらえるように。

グランドスラム決勝の試合の最中のように、たとえ私が内心緊張していたとしても、それをそのまま顔に表すのはご法度なのである。

それにしても、あの決勝の最中、なおみの目に映るのが私の上半身だけでよかった。なおみには、私がきわめてリラックスしているように見えて、心強かっただろう。実は、私には貧乏揺すりをする癖がある……。あのとき、観客席の手すりに隠されていたけれども、私はしきりに脚を揺すっていた。それを目にしていたら、なおみにも微妙な影響を与えていたにちがいない。