そこでAさんが思い当たったのは、残業中に上司が近寄ってきたときの言動です。「何をしているのか?」、「無駄なことやっているのではないのか?」と何度も話しかけてきたのだそうです。

Aさんはこう振り返っていました。

「仕事が終わらないから残業しているわけで、こちらだって早く帰りたいのは山々です。それなのに上司は話しかけてくる。しかも、まるでこちらの仕事のやり方が悪いみたいな言い方をする。いい加減にしてくれ、と叫びたいような気持ちでした」。

つまり、Aさんにとって「残業するな」と言われることは、許容範囲でした。「許せない」レベルだったのは、上司がAさんの仕事のやり方を否定するような言い方で、残業時にたびたび声をかけてきたことだったのです。

怒りのきっかけは3段階に分けられる

怒りのきっかけとなる「こうあるべきだ」という「べき」の気持ちには、「(1)許せる(自分も、その立場だったらそうするだろう)」、「(2)まあ許せる(自分はしないけど)」、「(3)許せない」といったように階層状になっています。

私たちは、「自分だったらこうするのに」という基準に照らして、他人の行動に怒りを覚えがちです。これは、上の図の(1)以外にあてはまるものは、すべて怒りの対象とする方法です。

しかし、実際には(2)に当てはまる部分もあります。「自分だったらしないけど、そうする人もいるということは理解できる」という範囲になります。(3)は、「許せない=怒る」の範囲です。したがって、(2)と(3)の境界線が、怒る必要があるか必要がないかの境界線になります。

こうした怒りの三重丸の構造を理解したAさんは、すっきりした様子ながら、困惑が入り交じった表情を浮かべていました。

「自分の事を棚に上げて、『残業するな』といたずらに言ってくる上司に対して、頭に来ていたと思っていたけれど、怒りの真因はそこではなかったんですね」、「もっと早く、自分の怒りの境界線がはっきりしていたら、上司への態度を変えられたかもしれないです」