出来事に意味付けする「思考」は、「~すべきだ」「~であるはずだ」といった理想や期待を伴います。そして、「怒り」は、そういった理想や期待が裏切られた時に発生します。怒りが発生する一連のプロセスは自分の中にあるものなので、自分自身でコントロールできるともいえます。

Aさんに関しては、「理想の上司」について確固としたイメージを持っている人だという印象を受けました。たとえば以下のようなことをよく口にされていたからのです。

「もし自分が上司の立場だったら、部下の様子がいまどんな気持ちなのか、ちゃんと聞くようにしますけどね」、「管理職だったら、会社の言ってきたことが自分のポリシーと反したら、そのまま伝えるのではなくて、部下が納得できるよう伝えますよね」

しかし、上司は一方的に自分の要求を押し付けてくるだけで、Aさんの話を聞いて何に困っているのかを把握しようとしなかったように思えたといいます。「部下の気持ちを分かろうとしてくれる」というAさんの理想の上司像と、現実の態度とのギャップが、Aさんの怒りの原因となっていたのです。

「残業するな」指令ではなかった怒りの本当の原因

そこで私はAさんにこう問いかけました。
「では、上司の方が部下の気持ちを無視して、『残業するな』と言っていたことが、怒りの原因だったのですか?」
Aさんはちょっと考える様子で、こう答えました。
「どうもそうではないようです」

私は意外な答えに驚いて、さらにAさんの怒りついて掘り下げていきました。そしてわかったのは、上司が「残業するな」と言っていること自体には、Aさんはそれほどの怒りを感じてはいないということでした。

「上司も管理職としての立場があるでしょうから、『残業はしないように』と言わなきゃいけないことはわかります。自分が上司の立場だったら、もっと別の言い方をしたとは思いますが、上司の性格を考えたら、あんな言い方になるのは仕方ないなと思います」。

では、体調を崩すほどの怒りの真の原因は何だったのでしょうか? 上司の具体的な言動を思い出しながら、考えていきました。