なぜ中東はアジアだと実感したか

とはいえ、シェルグルーブは依然として大きな力を持っている。加えて、中東における最大の産油国であるサウジアラビアの国営石油会社、そして当社が“三方良し”の一体的なパートナーシップを作り上げることが理想的なモデルだろうと考えた。シェルは産油国との関係が強化できるし、サウジアラムコは対日市場での足場が築ける。我々は2社の力をバックに商売ができる。時代のトレンドが、そのように流れているのだとすれば、早く乗った方が勝ちだ。

交渉に際して、私は相手方の価値観を知ろうとした。もともと、彼らの起源は遊牧民である。苛酷な沙漠を生き抜いてきた彼らが、相当にしたたかであろうことは想像に難くない。ところが、実際に接してみると、その気配りや目配りは、限りなく日本人に近い。その好例が、戦国大名の毛利元就で有名な「三本の矢」である。力を合わせれば不可能も可能になるという話だが、サウジアラビアにも「三本の槍」という言い伝えがある。いわんとしていることは同じで、私はそのときに「ここもアジアだ」と感じた。

共通の価値観を見出せれば、そこから信頼感も生まれてくる。それでも、いざ交渉となれば、相手も「自分たちは出資する側だ」という立場から、ときとして高圧的に出る。人事処遇を持ち出しての恫喝的な発言さえあったほどだ。しかし、こちらも上場会社である以上、特定の出資者だけのメリットを優先することはできない。3時間、4時間とぶっ通しの議論になることもあったが、私にとっては得がたい経験だった。

タフなネゴシエーションの末、基本的合意に達した。以後は、デューデリジェンスなど細かな作業に入っていく。そして、04年8月、シェルグループが保有する当社の株式約10%をサウジアラムコに譲渡する調印式がサウジアラビアと日本で行われた。さらに翌年、5%を追加譲渡することになったのである。

香藤繁常(かとう・しげや)
1947年、広島県生まれ。県立広島観音高校、中央大学法学部卒。70年シェル石油(現昭和シェル石油)入社。2001年取締役。常務、専務を経て、06年代表取締役副会長。09年会長。13年3月よりグループCEO兼務。
(岡村繁雄=構成)
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