サウジアラムコとの資本交渉

昭和シェル石油 香藤繁常会長兼CEO

2003年春、常務取締役だった私に、当時の会長から特命が下る。サウジアラビアの国営石油会社であるサウジアラムコとの極秘交渉だ。同社がシェルグループから当社の株式を譲り受け、昭和シェル石油の経営に参画するというプロジェクトを担当するためだ。情報漏れを防ぐために、交渉の当事者は、当方は私だけ、先方はナンバー2に限定された。確か1度目は香港、2度目はドバイのホテルで話し合いを持った。

サウジアラムコの思惑は、日本の石油市場へ本格進出する布石を打つために戦略的パートナーを獲得することにあった。事前にコンサルティング会社を使って入念な調査を行ったのだろう。最終的に我々が彼らの意中の会社になったと思われる。彼らにしてみれば、どうしても当社の同意を得なければならない。どんな条件を出してくるか予断は許されない。

とはいえ、私も入社以来30数年間、シェル一筋で突っ走ってきた人間だ。当然、会社への思い入れは人一倍強い。そこに産油国とはいえ別の資本が入るというのは、もろ手を挙げて歓迎できる話ではなかった。しかし、感情的なしこりを残しての交渉というのでは、相手に対して礼を失する。冷静に考えれば「これも時代の流れなのかもしれない」という気がした。

かつて世界の石油市場は、そのシェアの大部分を「セブン・シスターズ」と呼ばれる石油メジャーが寡占。ロイヤル・ダッチ・シェルも、その一員としてわが世の春を謳歌していた。だが、2度のオイルショックを契機として、石油の価格決定権がOPEC(石油輸出国機構)や産油国に移り、メジャーの影響力も一時よりは小さくなった。つまり、パワーシフトだが、それが石油業界の大きなうねりだったといっていい。