自分ではなく相手をリラックスさせる
一対一の商談でもプレゼンでも、何百人、何千人を相手にしたトークライブでも、マスメディアやYouTubeで顔の見えない無数の人間を相手に話すときも、心がけることは全部一緒だと僕は考えています。
大勢の人に訴求力のある話をするときは、その中の特定の一人に向き合うんです。「みなさんこんにちは」という心持ちが一番ダメ。特に話のクライマックスに向かうときは特定の一人、例えば「前から15列目の、チェックのジャケットを着ていらっしゃるあなた、年代的に僕と近いあなたに言いたいんですよ」と呼びかける。すると、周囲の人の意識がその人に向かってぞわぞわ、ぞわぞわっと集まってきます。半ば他人事のように聞いていた人たちに、「自分に言っているんじゃないか」と自主性を促すんですよ。
これ、鍼灸と同じです。ツボの真ん真ん中に鍼をぶち込むと、体が甘えて怠けるんです。ところが、一流の鍼灸師はそこからわざと0.5ミリとか1ミリ外して打つ。すると体のほうが、ツボにヒットさせるためにその打たれたポイントに寄せてくるんだそうです。西洋医学が否定する、自発性とか免疫力を含めた話だと思います。
朝日新聞の連載「折々のことば」に、僕の言葉として「多くの人に伝えたいなら、たった一人に伝えること」を取り上げていただいたのはちょっと嬉しかったですね。
僕は大学時代、東京・渋谷で見た田中角栄元首相の選挙演説を今でも覚えています。角栄さんが選挙カーの上に上がったとき、雨がパラパラ降ってきた。角栄さんはそこで「みなさん」なんて言いません。一番手前で立っていたおばあちゃんに、しゃがみ込むような格好で、「やりますか? やめますか? 演説」「雨降ってきましたよ。やめますか、やめませんか」とガンガン聞いた。おばあちゃんが「やってください」と言うのを聞いて、そこで初めて「みなさん」。そこから「やっていいっつうからやりますよ」と、ずぶ濡れになりながら演説を始めました。
その応用で言うと、自分の話を聞いてもらうためには、自分ではなくて相手をリラックスさせようと思わないとダメなんです。自分がリラックスしようとすると、逆に追い込まれて「あー」とか「うー」しか言えなくなります。ですから、逆に自分は大緊張すればいい。そもそも相手が1人でも何万人でも必ず緊張はするし、リラックスなんかできるわけがないんですよ。
僕が若い頃にずいぶん失敗したことですが、パンパン軽快に話せているな、起承転結もつけて面白いエピソードも入れたし、などと思ったときのしゃべりは人の心を打ちません。自分が楽しいときは、相手は楽しいと思っていません。要はひとりよがりなんです。今でもその癖が抜けずに反省の日々ですが。
緊張の正体は、エゴとか自意識です。自分がリラックスしようというエゴ。自分ではなく相手を和ませる、リラックスさせる方法を徹頭徹尾考えて実行するといいでしょう。
そのためには、相手にいい意味での優越感を持たせるんです。例えば、最初に「いや、僕ダメなんです。緊張しちゃってごめんなさい」と一言言えば、相手が心の中で「まあまあ、そんなに心配することないですよ」と慰めてくれる。これだけで相手はリラックスできます。言ってみれば、一見マイナスでしかない自分の緊張ぶりを逆手に取るわけです。
あるいは「今日は朝から雨で……」というド定番の挨拶から入り、一転して「こんな典型的なパターンしかなくて、すみません」と、自虐とまではいかぬまでも謙虚に話す。すると、相手は必ず釣られて「何をおっしゃいますか」「いや、本当にあいにくの天気ですね」と心の中でフォローしてくれます。相手を図に乗せるのがうまい“人たらし”は、必ず自分をマイナス1に持っていくものです。そうすることで、相手を相対的にプラス1に浮き上がらせるんです。
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