2坪弱の厨房で、毎日70合のご飯を炊く
広島駅から路面電車で20分、そこから少し歩くと中区富士見町のビル1階にあるシェア型クラウドキッチン「ホーミーズキッチン」の看板が見える。この場所が、東果穂さん(27)の仕事場だ。昨年3月に8つある厨房のうちの1つを借り、おむすび屋台「That's rice」の店主としておむすびを販売している。
1月末の平日の朝、私が訪れると、2坪弱ほどの厨房内で髪を一つにまとめてエプロン姿の彼女が忙しそうに動き回っていた。
「今日は何合炊いたんですか?」と聞くと、「70合くらいです」と果穂さん。
「70合⁉」と、思わず聞き返してしまった。
果穂さんの仕込みは、夜中の3時から始まる。業務用炊飯器2台と雑穀米用の炊飯器1台を稼働させて、約18種類のおむすびとサイドメニューの調理と包装、そして販売を1人でこなす。そのため、仕込みに6時間以上かけるという。週末は家族連れや観光客らで1日170個ほど売れるため、深夜から作り始めることもあるそうだ。
営業時間が近づくと、両手で抱えるほど大きな木箱2つに、具がぎっしり詰まったおむすびが並ぶ。人気のメニューは「だし巻き明太子(380円)」と「シャケ(330円)」。冬季限定で予約販売の「牡蠣バターのおむすび(700円)」もオススメだという。
「常連さんが味に飽きないようにしたいって思っていたら、種類がどんどん増えちゃいました」と果穂さんは言う。
約150キロのリヤカーを引いて歩く
果穂さんは店舗を持たず、厨房を借りている。そうした厨房はシェア型クラウドキッチンと呼ばれ、コロナ禍以降に広がった。これは「複数の店舗が集まり、設備が整った厨房でデリバリーやテイクアウトに特化した料理を作る施設」のことで、店をいきなり構えるよりも開業資金が少なく済む。そのため初めて起業する20代、30代の出店者が多いそうだ。ただ、彼女の販売方法は独特だった。
広島の繁華街やオフィス街を、リヤカーで売り歩く――。まさに「行商」スタイルなのだ。しかも、そのリヤカーは約150キロの重量があるという。女性が運ぶにはあまりにも重い、と感じた。
午前11時、リヤカーにおむすびを乗せて、果穂さんは営業を開始した。真冬の寒空の中、果穂さんはどんどんと進む。販売する時は「なるべく目立つように」と白い服を着る。けれど、過度なおしゃれはしない。「リヤカーを見つけた人から好感を持ってもらうには?」を考えてのことだという。