ビルの1階に位置するホーミーズキッチンは、大通りに面しているものの、広島駅から離れており、飲食店をするには不向きな場所といえる。だがデリバリーの拠点なら、さほど大きな問題はない。また、初期費用はお店を構えるより安価なことから、「出店したい」という希望者からの問い合わせが増えていた。

果穂さんは、かねてからこのホーミーズキッチンに注目していた。起業に向けての下調べをするなかで、お店を構え、厨房機器をイチから揃えると1千万円近くかかる。けれど、クラウドキッチンに出店するならば、貯金内で開業できると思ったのだ。

会社を辞めた後、果穂さんは起業への準備を始めた。開業資金100万円を貯金から捻出し、ホーミーズキッチンの厨房の1つを借りた。

クラウドキッチン内
筆者撮影
クラウドキッチン内

祖父が手作りしたリヤカー

当初、果穂さんはわらび餅店をしようと考えていた。とすると、簡素なリヤカーでは真夏の気温に耐えられない。いくら器用な果穂さんでも自作するのは難しい。すると、ものづくりを生業にしていた彼女の祖父が、リヤカーの製作を引き受けてくれた。

カートの土台はステンレス製の断熱材で囲み、天井には波板の屋根を設置した。食べ物が痛まないような工夫が施された作りで、果穂さんはリヤカーの出来映えに驚いたという。製作には材料費と加工費を含めて約40万円を要した。食材や備品などの出費で元手がなかった果穂さんは、祖父に「経営が軌道に乗ったら、返させてほしい」と頭を下げた。

1段目におむすびを載せ、2段目にはメニュー表やサンプル用のおむすびを並べる
筆者撮影
1段目におむすびを載せ、2段目にはメニュー表やサンプル用のおむすびを並べる

ところで、リヤカーを利用した飲食店経営は、「行商」という枠組みになる。自治体で行われる食品衛生責任者の養成講習会を受け、保健所に申請すれば販売が可能だ。

ただ、リヤカーの場合でも調理工程が必要な場合は「移動販売」扱いになる。果穂さんはリヤカー内でわらび餅にきな粉を足そうと考えていたが、行商は営業許可の取れた調理場でパッケージし、移動中に調理を施さないものに限る。また、移動販売だと、販売する場所で駐車するための許可が必要になってしまうことがわかった。

そこで、果穂さんは事前に調理を済ますことができるおむすびに方向転換。幸い、祖父の作ったリヤカーの断熱性がしっかりしていたため、夏も冬も外気の影響を受けにくかった。

だが、装備がしっかりしているため、リヤカーの重さは150キロを超えていた。果穂さんは「平坦はいいんですけど、坂道だとすごく重いんです」と笑みをこぼす。

リヤカーがぶつからないように配慮しながら進む
筆者撮影
リヤカーがぶつからないように配慮しながら進む