トヨタ自動車の企業内学校「トヨタ工業学園」では、3年間の高等部、1年間の専門部に分かれて自動車開発に必要な技能を習得する。学園生は卒業後、どのような職場で働いているのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんによる連載「トヨタの人づくり」。第10回は「テストドライバーに求められる資質」――。
「テクニカルセンター 下山」でテストドライバーとして働く相良優斗さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
「テクニカルセンター 下山」でテストドライバーとして働く相良優斗さん

東京ディズニーランドの12倍の広さ

相良優斗、丸田智はふたりとも高等部の出身で凄腕技能養成部にいる。相良は卒業して7年。25歳である。一方、丸田は卒業してから27年経っているから、46歳。ふたりの仕事は、相良はテストドライバーで、丸田はテストドライバー兼メカニックだ。

ふたりに会ったのは下山にできたテクニカルセンター内のテストコースだった。

同所がすべて整備されたのは2024年の3月。場所は豊田市と岡崎市にまたがる山間部である。敷地面積は約650ヘクタール。東京ディズニーランドが約51ヘクタールだから、約12倍だ。うち6割は本来の森林である。加えて、新たに緑地を造成し、自然環境を維持・管理するという。

マスタードライバーであるだけでなく、レーサー、モリゾウとしても知られる豊田章男は下山テストコースについてこんなメッセージを発している。

ジェットコースターのような重力がのしかかる

「道がクルマを鍛え、クルマをつくる人を鍛える現場。『もっといいクルマ』の車両開発を進めていきます。GR、レクサスのメンバーなど総勢3,000人が、ここで『走る・壊す・直す』を繰り返してまいります。私もマスタードライバーとして“下山の道”をたくさん走ってまいります。“下山の道”がクルマをつくる……。生産工場ではありませんが、これから“下山産のクルマ”が世界のあらゆる道を走り、たくさんの人を笑顔にしてまいります」

わたし自身、丸田が運転する車(GRヤリス)に乗ってコースのひとつ、ドイツのニュルブルクリンクを模した道を走った。高低差のあるレース用の道である。高速で走るだけでなく、ジェットコースターに乗っているようなGがかかる。助手席で座っているだけだったが、素人は乗るだけで疲弊する。テクニカルセンター下山で毎日、テストドライバーをやれと言われたら(そんな立場にはならないが)、「お世話になりました」と申し述べるに違いない。

組み立て工場で働くことはできる。ロボットや水素や自動運転の開発をやれと言われたら、おずおずとやる。しかし、凄腕技能養成部でテストドライバーをやれと言われてもそれは困る。わたしはテクニカルセンター下山と凄腕技能養成部に鍛えられた。モリゾウが言った通り、そこはクルマと人を鍛える場所だった。