SNSに「余計なこと」を書いて、炎上する人が後を絶たない。私たちはなぜ書いてしまうのか。「書く」とはいったいどういうことなのか。生成AIを活用した小説『東京都同情塔』で芥川賞を受賞した九段理江さんの寄稿をお届けする――。
九段 理江(くだん・りえ)
1990年、埼玉県生まれ。2021年「悪い音楽」で第126回文學界新人賞を受賞しデビュー。同年発表の『Schoolgirl』が、23年の第73回芸術選奨新人賞受賞。『しをかくうま』で第45回野間文芸新人賞受賞。『東京都同情塔』で第170回芥川賞受賞。
1990年、埼玉県生まれ。2021年「悪い音楽」で第126回文學界新人賞を受賞しデビュー。同年発表の『Schoolgirl』が、23年の第73回芸術選奨新人賞受賞。『しをかくうま』で第45回野間文芸新人賞受賞。『東京都同情塔』で第170回芥川賞受賞。
書くべきではなかった文章
1.
小説という、フィクションであることを前提とした創作の自由さに慣れていると、書かれたことが筆者(自分)自身の人格と結びつけられてジャッジされるエッセイのような文章を書くのが苦痛になってくる。インタビュー記事も同様だ。どこを切り取られてネットで拡散されても大丈夫なように、一言一句に責任を持たなくてはいけない。昨今の小説家が顔を公開したがらない傾向にあるのも、おそらくそのあたりが大きな理由のひとつだろう。
そうなると必然的に、エッセイ(一般的にノンフィクションと認識されているもの)と小説(一般的にフィクションと認識されているもの)の逆転現象がたびたび起こることになる。つまり、九段理江名義で書くエッセイや書評やSNSアカウントでは、本当のことなど何も書くことができないので、「九段理江が書くべき文章」みたいなものを、都度創作していくわけだ。そして、九段理江を操作するこの私が、本当に自分の心に従って書くべき場面では、自作の架空の登場人物を呼び出すのがいちばん手っ取り早い。
「さてそして、新しい宗教(=SNS ※筆者注)は我々をどこへ連れて行ったか? もちろんこのとおり、どこへも連れて行かなかった。いいね! を増やしただけだった。いいね! はお布施よりもずっとお手軽でしょ。名言製造機をいっぱいつくって、一秒で共感させて一秒で感動させて理性をバグらせればいいんだもの。かくして快感情の家畜ができあがり。インターネットとは、ヒトを家畜動物にするための調教道具なのであった。まさか下等動物から高等動物へと進化したヒトが、みずから進んで下等動物に戻ろうとするとはチャールズダーウィンも予測していないんじゃない?」
これは今年刊行した小説『しをかくうま』の中の根安堂千日紅という人物の台詞だが、実際には九段理江を操作する人間のSNSに対する私的な苛立ちを、彼女を使って言わせているに過ぎない。もはやフィクション以外では成立し得ないリアリティ皆無なキャラクターをわざわざ造形することによってしか、自分の考えていることを排出できない状況なのである。とはいえ、小説を楽しんでくれた読者が、実は作者の思想を読まされていたと知ってがっかりしてはいけないので、本来ならこんな場所に書くべきではないのだ。
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