これでは、「社員の声を真剣に受け止めていなかったのか」と思われても仕方がない。だから、記者会見を見ていた社員たちは「疎外感」を抱いてしまったのだ。
実際に会見の翌日には、私のもとにフジテレビの関係者から「あれほど言ったのに……」という失望の声が届いている。本来であれば、会見の最初に「社員の皆さんには、不安な気持ちにさせて申し訳ない」と一言あってしかるべきだっただろう。
もし私が当事者であれば、「数日前の社内説明会ではさまざまな質問を社員の方々からいただいた。それはこの場にいらっしゃる記者の皆さんの疑問でもあると思うので、本来であればそのすべてに対してこの場でお答えするべきではあるが、第三者委員会の手に委ねられてしまっているなどの諸事情により、話せない部分もあることをご容赦願いたい」くらいは陳述するだろう。
「この記者会見を社員がどんな思いで見ているか」を考えたときに、それくらいの「社員ケア」はして当然だ。
現場と経営陣の「断絶」
30日、港浩一前社長からバトンタッチしたばかりの清水賢治新社長は「社員の皆さんへ」と題したメールを社員へ送った。その内容は社員を気遣ったとても素晴らしいものだったと評価する。だが、遅きに失した感は否めない。社員のこころはいったん離れてしまった。信頼を取り戻すのは大変だ。
被害者女性のことに関してもそうだ。幹部が1年半もその事実を隠蔽していたこ
元朝日新聞記者でジャーナリストの佐藤章氏は、25日のYouTubeチャンネル「一月万冊」で、現場と経営陣の「断絶」が始まっていると指摘している。そこで本論では、今回の騒動がフジのさまざまな現場で働く社員に与える影響と今後の予測について分析をおこなってゆく。そしてそのことによって、テレビ業界全体に対して課せられた問題は何なのかをあぶりだしてみたい。
アメリカの経営学者ジェイ・B・バーニー氏は、「ヒト・モノ・カネ・情報」を経営資源として捉えている。このうちの「ヒト・モノ・カネ」は、企業がビジネスを運営する上で必要な3要素と言われ、「ヒト」は人材、「モノ」は物資、「カネ」は資金を指す。
このバランスを見ながら有効に活用することが企業の成長や競争力の向上につながるとされているのだが、私はこの「ヒト・モノ・カネ」の順番には意味があると考えている。それは、「ヒト」があるからこそ「モノ」を生み出し「カネ」を稼ぐことができると思うからだ。
テレビの世界も同じで、「カネ」を稼ぐことを先に考えてはいけないし、「ヒト」を大切にしないで良い「モノ(=番組)」を作ることはできない。それは私のテレビ局時代の哲学とも言えるもので、いまでも大学の授業で学生たちに伝えていることだ。