なぜイタリアの景観は美しいのか
一例を挙げれば、すべての海岸線や湖沼岸の水際線から300メートル以内の地域は、開発が規制された。そのうえで1985年、この省令を立法化する案が国会に提出され、ガラッソ法が成立した。
法によって省令で定められた規制地域がさらに拡大され、景観上重要な地域内に、建築などを一時的に禁止できる区域を定める権限が州にあたえられた。また、すべての州に風景計画の策定が義務づけられた。
とくに歴史的市街地は保存の対象にできると定められ、多くの自治体が文化的および都市計画的な側面から、歴史的市街地における建築工事を厳重に規制している。その規制は看板や照明等にいたるまでかなり細かい。それが不動産の私権を制限するとして、たびたび裁判で争われもしたが、景観保全を目的とした私権制限は当然だ、というのが判例のほとんどだった。
その結果、イタリアでは、それこそセットを設営しなくてもNHK大河ドラマが撮影できるような場所が、都市にも郊外にも農村にもそこかしこにある。それでは不便ではないかと思うかもしれないが、たとえば古い建物の内部をリノベーションする技術などは日本よりはるかに進んでおり、美しい景観が現代的な快適性と両立している。
審議会委員たちの後悔
ひるがえって松江市も、市の景観審議会の委員たちも、住民団体から「城下町の景観が損なわれる」と指摘されるまで、マンションの建設が景観破壊につながるという認識を、まるでもっていなかったらしい。着工直前の2024年1月、住民団体は建設予定地の購入を求める要望書を市に提出。2月には、審議会委員12人中9人が「街並みとの調和も一体として審議すべきだった」として、審議のやり直しを求める意見書を市に出した。(読売新聞2024年12月21日など)
松江城天守の国宝指定に向けては市を挙げて取り組み、さらに世界遺産登録をめざしている松江市が、みずからの努力を相殺してしまうような計画を、十分な検討もないままに簡単に承認してしまったという事実には、驚きを隠せない。
もっとも、松江市もいまさらながらに建設計画を変更させるべく動いてはいる。景観基準を見直し、建物の高さを法的に規制できる高度地区に指定することが検討されているが、すでに着工されたマンションには適用できないという。
そこで上定昭仁市長は、事業主体である京阪電鉄不動産(大阪市)に、高さを引き下げてくれないかと直談判したが、採算を理由に断られている。では、住民団体がいうように、市が当該の土地を購入できないのか。それについても、「事業目的がない土地を買い取ることはできない」というのが市の回答だという。