天守より高いマンション建設騒動
いわば市を挙げての地道で堅実な調査と活動の末に、国宝化を勝ち取ったのである。そしていま、松江市は松江城の世界遺産登録もめざしている。
慶長5年(1600)の関ケ原合戦後、出雲国(島根県東部)に封じられた堀尾吉晴は、最初、内陸にある標高190メートルの月山富田城に入城しながら、都市の発展に有利な宍道湖畔に、あらたに松江城を築いて城下町を整備した。こうして成立した近世都市が城の周囲に良好にたもたれているだけに、松江城は世界遺産の候補としてふさわしいとも指摘できる。
ところが、そんな城からほど近い地域に、丘上にそびえる天守の高さを約3メートル上回る、19階建て57.03メートルのマンションが建てられつつあるのである。
信じられないのは、途中まで松江市がこの建設計画を受け入れていたことだ。その過程を確認すると、この歴史都市の行政が景観保護に対してあまりに無知で無自覚なことに驚かされる。
なにしろ、歴史都市たる松江を守るための景観計画は、「天守から見える東西南北の山の稜線の眺望を妨げない」という、きわめてあいまいなものしか存在しなかった。そして松江市は、マンションがこの景観計画を満たしていると判断し、市の景観審議会も2023年11月2日、市の判断を前提に、景観基準を満たすと答申。2024年3月下旬には着工されてしまったのである。
世界基準から遅れている日本
松江市は前述のように、松江城天守を世界文化遺産に登録することをめざしている。ユネスコは登録のための種々の条件をもうけているが、そのひとつにバッファーゾーンの設定がある。松江城に当てはめれば、城域の周囲にそれを保護するためのバッファーゾーン、すなわち緩衝地帯を設置し、景観を保全するために条例で土地や建物の利用を規制する、ということが求められている。
具体的には、建築物に高さ制限をもうけ、改築したり新築したりする際も、素材や色彩などが周囲の景観と調和するように配慮することが必須である。
なにもユネスコが無理難題を突きつけているわけではない。こうして地域全体の景観を規制し保全することは、日本ではごく一部の地域で局所的に行われているにすぎないが、たとえば欧米では、ごく常識的に行われている。ユネスコはグローバルな視点を提示しているにすぎない。
イタリアを例に挙げよう。イタリアでは1939年に施行された文化財保護法、自然美保護法で、歴史や伝統および自然美の観点から景観を保護すべく定めたが、対象外の地域では景観を損ねる開発も行われた。そこで国土全体の景観を保護するために、1984年に告示されたのがガラッソ省令だった。