お姫様扱いしてくれるホストにどっぷりハマる
この年、東京は梅雨入りしたというのに、ジトッとした不快な蒸し暑さに覆われる日が少なかった。看護師として10年近く働いているサクラは、ニュースにはさほど関心を持たないタイプだったが、朝晩の天気予報には注意を払っていた。それが、病院を訪れる高齢者との共通の話題になることが少なくないからだ。
しかし、ここ最近はそんなことすらおざなりになっていた。梅雨明けのニュースも看護師の同僚から話題を振られて知ったくらいだった。
聖夜に入れあげたサクラは、ホストクラブに入り浸っていた。きらびやかな、それでいてどこか重厚な空間、そして若くイケメンのホストたち。自分を「姫」と呼んで、文字通り“お姫様扱い”してくれる。
「地元に帰った平日は彼からのLINEがすさまじかったですね。一日に何十通もきて。ただの“お客さん”ならここまでしないだろうと、のぼせ上がっていました」
預金がどんどん減る中、「300でいいよ」
ただサクラは普通の看護師だ。1000万円あった預金は何回かのホストクラブ通いで、たちまち10分の1に減っていた。
そんな懐具合などお構いなく、聖夜はこんなことを言ってきた。
「今月もナンバーワンになりたいからお願い! シャンパンタワーしてくれない?」
「いくら?」
「サクラも大変だろうから、最低の額でいいよ。300」
「そんなお金、もうないよ……」
「だって俺たち結婚するじゃん? これは結局ふたりのお金だから。俺の給料で返すよ」
聖夜は結婚をほのめかし、頭を床に擦りつけんばかりに下げた。このときサクラが席を立てば“かりそめの関係”はそこで終わったはずだ。ただ、これまで900万円以上を使ったサクラの金銭感覚は麻痺していた。聖夜が言う300万円という金額は大した額ではないと思えてきた。
サクラは明確な返事をせず、その日を曖昧にやり過ごした。
翌週、サクラは何の結論も出さずにいつものように新幹線に乗り、聖夜のホストクラブを訪れた。シャンパンタワーの話はあの日以降LINEでも一度も話題になっていなかった。