現金10万円を持って行った最初の夜の会計
その日の会計は9万8000円だった。それ以上使わないようと、10万円を現金で持ってきていたのだ。自分の財布の範疇で十分に楽しめた。10万円の価値がある時間だと思った。日常に戻っても頑張ろう、そう思える時間だった。
いい思い出と聖夜との時間を大切に胸にしまおうとしたとき、聖夜から思いがけない言葉を投げかけられた。
「また会いたいから、明日も来てよ」
東海地方から新幹線で来たこと。この日はビジネスホテルに泊まり、翌日は東京観光して帰ることを聖夜に包み隠さず話していたサクラは、戸惑いを隠せなかった。ただ、それ以上に胸の高鳴りを感じていた。
2日目にいきなり「付き合おうよ」
翌日。ホストクラブの開店前、サクラと聖夜はカラオケ店の個室にいた。これが同伴出勤だという。同伴というシステムがどういうものか、サクラはわかっていなかったが、聖夜がとにかく喜んでいるから、お互いにとっていいものなのだろうと思った。
しかし、サクラにとってここでの体験はショッキングなものだった。
「急に迫られたんです。個室に入ってしばらくしてキスをされて。びっくりしてカラダをよじったんですけど、力ずくで……。えっえって抵抗したんですけど」
さっきまでのどこかうれしい気持ちは吹き飛び、幻滅した。
「そんな簡単に手を出すんだ、って。やっぱり自分が生きてきた世界とは違うし、なんか不純なところだな、と」
聖夜は悪びれずに言い放った。
「好きだからキスしたかっただけだよ。付き合おうよ」
そんな甘言をすぐに信じるほど、経験がなかったわけではなかったが、サクラはなぜか嬉しかった。
それから連休のたびに歌舞伎町に通うことになった。回を重ねるごとに会計の額も増えていく。聖夜に言われるがままに100万円もの支払いをすることも珍しくなくなっていた。
ただ、聖夜はそのたびにやさしかった。一緒に食事に行けば、支払いをしてくれるし、「記念日」と言い、出会ってから1カ月後には聖夜が愛用するハイブランドの香水をプレゼントされた。ホストクラブが閉店すると、聖夜はサクラの泊まるビジネスホテルにやってきて、そして一緒に朝を迎えた。