市場への出荷と直販の二足の草鞋

「漁師って、市場以外に卸していいの!?」

と、邦彦さんは衝撃を受けた。すぐに漁協の事務所に行き、「自分たちで魚を売りたいんだけど、どうしたらいいですか?」と相談。漁協の組合員は「出戻りの若造が、また何か言い出したぞ」と思っただろう。だが、若い漁師の熱意にほだされ、次第にサポートしてくれるようになった。

その後、ITベンチャーが運営するサイト「漁師さんの直送市場」や産地直送通販「ポケットマルシェ」などで漁獲した魚の一部を販売。すると、県内外の飲食店から注文が入り、売り上げが増えた。だが、市場への出荷も続けているため忙しさに拍車がかかった。

「深夜1時には起きて、市場に行く生活でしたね。『しんどすぎる。市場の出荷がなかったら寝れるよね』ってよく2人で話しました」と美保さんは振り返る。

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写真提供=富永さん
中古で購入した船内で撮影した、28歳の頃の写真

「獲れるだけ獲る」漁業に感じた限界

2020年春、2人にとって転機が訪れる。

新型コロナウイルスの感染拡大により、ネットやSNSからの注文が伸びたのだ。飲食店からの注文はほぼゼロになったが、今まで月数件しかなかった個人客からの注文が200件を超えた。「配送に追われて、21年の市場への出荷は5日だけでした」と邦彦さん。

邦美丸が行う「底引き網漁」は、漁船から伸ばした漁網を曳航し、魚を獲る漁法だ。多くの魚を一度に獲れる良さがある一方、海に漁網を投げ入れて行うため、海底の生態系にダメージを与える可能性も否定できない。そのため、胸上港では週2回ほどすべての漁を休みにして、多くの魚を獲り過ぎないようにしてきた。

その他にも、邦彦さんたちは水産資源を少しでも守ろうと工夫した。漁で利用する網の目は通常23mmと定められているが、邦美丸ではそれよりも粗い34~50mmの網を利用し、できる限り稚魚を獲らないようにしている。その背景には、魚の減少があった。

釣った魚の下処理を施す邦彦さんと顧客の元に送るために梱包する美保さん
写真提供=富永さん
獲った魚はできるだけ早く下処理を行い、梱包する
顧客に送るために梱包中
写真提供=富永さん
梱包作業はもっぱら美保さんの担当だという