「完全受注漁」という新しいかたち
邦彦さんは現場にいて「魚が年々獲りづらくなっているな」と感じていた。たとえば、漁師になりたての頃より、アナゴやシャコ、イカやタコが目に見えて減っていた。
「必要な分の魚だけ獲れればいいのでは?」
そう考えた富永夫婦は、「完全受注漁」と名付け、22年の4月から9月まで直販のみを行い、どんな変化があるのかを実験することにした。
結果は、冒頭に記した通りだ。船の操業時間は半分に短縮され、売り上げは前年の2倍に増加した。それだけでなく、漁獲にかける時間が短くなったことで、船の燃料代や網などの備品の消耗を最小限に抑えることができた。市場の値動きに翻弄されることなく、スーパーで売られている値段に近い価格帯で販売できるようになったことも大きい。
各ECサイトや公式Instagramで注文が入った翌日には、「お任せ鮮魚ボックス(3600円から)」として宅配便で発送(海苔の養殖が行われる10~3月は海苔販売のみ)。顧客からは「魚種もいいし、美味しい」「きちんと下処理されていて、鮮度がいい」と声が上がっている。
余った魚は海へ返す
ここで、邦美丸の漁の一日を見てみよう。早朝6時、邦彦さんは漁船でここだと思う漁獲ポイントに向かい、網を落とす。40分ほどして曳航する。巻き上げた魚を船の甲板上に出し、顧客からあらかじめ注文が入っている分量のみカゴに入れ、余った魚は海に返す。
漁獲された魚は海底と海上の圧力差で空気が入り、浮き袋状態になって泳げなくなる場合があるのだが、邦彦さんは魚の肛門に管を刺して、空気を抜いてから海へ戻すというひと手間を加える。最後に、網に巻き取られた海底のビニールゴミなどをトングで取り除き、沖に持ち帰る。
お昼頃、港では美保さんが待ち構えており、発砲スチロールを抱えて船に乗り込む。邦彦さんは水槽から魚をすくい上げ、神経締めという下処理を施す。美保さんはそれを受け取り、一箱ずつ丁寧に梱包していく。発砲スチロールの蓋の裏面に、マジックでお礼のメッセージを添えながら。
時折、顧客から「母の誕生日なので、タイを入れてください」「次はハモに挑戦してみたい」と魚種の要望をもらうこともあるそうだ。邦彦さんはそれに応えようとするものの、自然が相手なので、お目当ての魚が獲れる保証はない。獲れなかった場合、素直に「ごめんなさい」と伝えるが、それで顧客が離れることはない。海の資源を大切に思うリピーターたちが、邦美丸を支えているのだ。