「子どもの成長は今しか見れない」

受注漁に切り替えたことで、富永一家に変化が起きた。

以前は子どもたちに全く構うことができなかった邦彦さんだが、早く帰れるようになったことで、子どもと遊ぶ時間が増えた。2019年に生まれた次男の保育園のお迎えや寝る前の絵本の読み聞かせは邦彦さんの担当だ。

5歳の次男と
筆者撮影
5歳の次男・虎太朗(こたろう)くんと

以前の邦彦さんを、美保さんはこう語った。

「長女が幼稚園のころ、家族の似顔絵を描いてきたんですけど、パパだけおでこに2本の線があって『これは何なん?』って聞いたら、『パパ、こんな顔してる』って。眉間のシワだったんです(笑)。上の子2人にとっては、怖いお父さんだったんじゃないかな」

漁師の娘である美保さんは「職業柄、親との時間が少ないのはしょうがない」と思っていたものの、「子どもの成長は今しか見れない。無限じゃない。有限だよ」と邦彦さんに何度も訴えていたという。

受注漁のおかげで、子育てに力を注げるようになった邦彦さんだが、「以前は彼女の言葉が右から左に抜けていました」と言う。

「僕のイクメンぶりは副産物です。時間に余裕ができたから『あれ、嫁が大変そうにしてるな』とか。『これならできるかも』って気づけるようになっただけで。でも、そのおかげで『うちの子って素晴らしい!』と思うようになりましたね」

娘の描いた似顔絵に起きた変化

中学3年生になった長女は、両親の仕事を作文にしてたびたび賞を取っているそうだ。「経済の勉強をして、いつか家業を支えたい」という目標を弁論大会で発表し、決勝まで進んだ。

「これ、娘が渡してくれてね」と、邦彦さんは名刺入れから1枚のカードを取り出した。

そこには、両親への感謝のメッセージと似顔絵が書かれてあった。父親の眉間にシワはなく、にっこりと笑っている。そのカードを嬉しそうに見つめる邦彦さんの傍で、美保さんはこう語る。

邦彦さんの名刺入れには中3の長女からメッセージカード
筆者撮影
邦彦さんの名刺入れには中3の長女からのメッセージカード
幼少期に書かれた邦彦さんの似顔絵には眉間のしわは書かれてあった
筆者撮影
幼少期に書かれた邦彦さんの似顔絵には眉間のしわは書かれてあった。いまは笑顔に変わっている

「私にとっては、彼の変化が一番良かったと思ってます。以前は夫が家族の中で笑ってるっていう絵が想像できなかったから。今ではみんなで笑い合えてるし、娘や息子たちとも何でも言えるようになりました」