簡単な試験だけ落ちる「変人」の烙印

合格率が低い試験のほうが、世の中には多いのです。司法試験の論文試験はその典型といえるでしょう。

それに対して、不合格率が低い試験、つまりほとんどの人が素通りできるものもあります。私がこれまで受けたなかでは、司法試験の口述試験と弁護士になる直前の二回試験が当てはまるでしょうか。

「不合格率」の低い試験に落ちる人は、変人とか残念な人というイメージが、人生につきまとうもの。それまで、医学部の入学試験や司法試験といった狭き門をくぐり抜けてきて、最後の最後にまさかのつまずきで、医師にも弁護士にもなれないなんて……(ただし、1年後にもう一度同じ試験を受けて、合格して医師や弁護士になる場合が多いのですが)。

話が横道にそれましたが、要するに司法試験の口述試験前の私は、自分にそんな烙印が押されることを直感したのです。

19時間以上勉強し、自由時間は10分だけ

当時の私はその切迫した恐怖感から逃れるために、持てるすべての時間を勉強に費やしました。一日19時間30分の勉強。3時間の睡眠。そして20分ずつの朝昼晩の三度の食事。そして20分の入浴。

付箋を貼って勉強をする女性
写真=iStock.com/Kerkez
※写真はイメージです

これで計23時間50分。そして、残りの10分、私は毎日親愛なる母に電話して、正気を保つように努めました。

机の下に氷水を張った洗面器を置き、そこに足を浸け、冷える体に耐えながら眠気を防ぎました。そして、こうした勉強を続けていたある日、母と電話していたときのことです。

♪蛍の光、窓の雪

どこからともなく「蛍の光」が聞こえてきました。そこで母にこう尋ねました。

「ねえ、聞こえる? 誰が歌っているのかしら? 『蛍の光』をこんな時間に……」

しかし、少し間を置いて、母は、ゆっくりと答えたのです。

「私には聞こえないわよ」