韓国では、クレジットカードを安易に大量発行して、個人破産をする利用者が相次ぎ、カード会社の経営が行き詰まっていた。その救済が国策のようになり、大韓生命も融資の返済を減免しようとした。それを止め、最大限の回収を促し、収益の改善につなげる。その後、韓国経済の回復が進み、2007年9月にハンファグループに株式を売却して、数百億円規模の利益が出る。

韓国への出張は、約300回にも及んだ。部下も増え、育ってはいたが、常に自ら出向く。すべての経緯と事情を知っている自分が、すべてに対応することが、やはり最適だ。そうした積み重ねが、買収劇に、第2幕をもたらした。

株式を売却する直前、KDICがハンファを「入札で決めた契約に、疑義がある」として訴え、「豪州の生保は形だけの資本参加で、その資金はハンファが出していた『名義貸し』だったので、売却は取り消す」と主張した。やがて、カナダのバンクーバーで、調停が始まる。そこへ、ハンファ側の証人として2度、呼ばれた。買収の経緯と事情を、よく知っていたためだ。

KDIC側とハンファ側の弁護士が約30人ずつ向き合って座る間に立ち、KDIC側の質問を受けた。どの質問にも、明快に反論する。ただ、「名義貸し」については知らなかったので、そう答えたうえで「そんなことが、この案件に関して何が問題なのか。関係ないではないか」と付け加えた。翌年、調停はハンファ側の主張が通って終わる。

株式を取得した後、どこまで価値が上がったら売却するか、「エグジット」(出口)を決めた投資が、その後、1つの事業部門として育っていく。そして、大韓生命への投資で結んだ自社の権利を固く確保した契約書が、1つのモデルとして残る。

「恃人不如自恃也」(人を恃むは自らを恃むに如かず)――他人の力に頼るよりも、自らの力に託せとの意味で、リーダーとしての心得を説いた中国の古典『韓非子』にある言葉だ。頼りきってはいけないものをあてにする危うさを、戒める。どんな難関も、自力で切り拓こうとする井上流は、この教えに重なる。