※本稿は、和田秀樹『「せん妄」を知らない医者たち』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。
医師が感じる「東池袋の事故」の不快さの正体
私はこれまで4000人以上の認知症患者と接してきましたが、たとえ認知症が進んでも、自分の命を守ろう、危険を回避しようという能力はかなり最後まで残るとみています。なぜなら、危険回避は人間の本能的なものだからです。しかも認知症というのは、若年性認知症でない限り、かなり時間をかけてゆっくりと進行します。
認知症の7割を占める「アルツハイマー型認知症」であれば、ブレーキとアクセルの違いがわからなくなりつつある、という時点で自らの判断で運転を止めるでしょう。運転動作のような「手続き記憶」というものは、エピソード記憶や意味記憶と比べ、最後まで残る記憶とされ、そう簡単に落ちることはないとされています。
東池袋の事故の不快さというと、それは「年をとっても運転なんかするから事故が起きてしまった。高齢者は速やかに運転免許証を返納すべき!」と短絡的に考えられていることです。
高齢者の不可解な事故は他にもあります。
2023年の2月に、78歳の男性が横浜市でひき逃げ事故を起こしました。
認知症ではなく意識障害では
車やバイクなど5台が巻き込まれた大きな事故です。しかし、その男性は事故後に、「散髪に行っていた」と話していました。
バイク2台と車3台に次々と衝突したその車で、です。
その男性は、床屋から自宅に戻って、車を見て、「あれ? なぜ傷がついているのだろう」と不思議に思ったようです。自分が衝突事故を起こしたことは、まったく覚えていないと言うのです。
「なんたることか! 他人の車にぶつけて事故を起こし、そのままのんきに床屋に行くとは」
フツウの人ならそう思うでしょう。しかしある程度、臨床経験が豊富な医者であれば、人が普段と変わらない言動を取り、それを覚えていないとすればこれは意識障害が起こした事故だろう、と想像ができると思います。
突発的な車の暴走事故は、薬の副作用による意識障害によって引き起こされたものであると言えるのです。少なくともその可能性を疑うべきです。
大事なことは、なぜそんなことが起きたのか。医者として、人として、その背景をしっかりと考えるべきだと思います。どのタイミングでその薬を飲んだのか、なぜ運転したのか。薬の副作用を知らなかったのか、などです。