警察は事件現場に残された「指紋」を重要視している。指紋からどんなことが分かるのか。警察取材を続けてきた共同通信編集委員の甲斐竜一朗さんは「指紋を用いた捜査には100年以上の歴史があり、1000万人分の容疑者の指紋がデータベース化されている。DNA鑑定ではわからない、犯人の姿勢や滞在時間、その場にいた目的まで読み取れる」という――。(第2回)
※本稿は、甲斐竜一朗『刑事捜査の最前線』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
指紋は「客観証拠の王様」
事件捜査の現場で長く「客観証拠の王様」とされてきたのが指紋だ。
同じ紋様を持つ人物は一人としておらず、しかも生涯変わらないという特徴を持つため、個人を識別し犯人を特定する切り札として有用性が認められてきた。一方で、その価値判断を誤れば犯人を見逃したり、最悪の場合は誤認逮捕につながったりする危険性もある。経験に基づく鑑識官らの眼力が常に問われている。
大阪府警捜査1課は当初、その指紋を“シロ”と判断した。1994年7月13日午前10時ごろ、大阪市中央区の喫茶店兼マージャン店で、経営者の女性(50)が死亡しているのを出勤した従業員の女性が見つけた。首を絞められ、エプロン姿で1階の喫茶店内であお向けに倒れていた。
室内は物色されており、強盗殺人事件として捜査本部(帳場)が設置された。鑑識課は1階の出入り口で、2階のマージャン店に出前で出入りしていたすし店員の20代の男の指紋を検出した。だが捜査1課はすでにこの男から参考人として事情聴取し、容疑性はないとして捜査対象から外していた。
鑑識課の機動鑑識(通称・機鑑)の担当補佐(警部)だった橋本憲治は事件直後、機鑑1個班(5人前後)とともに最も早く現場に到着した。機鑑は現場に臨場するとDNA型鑑定のための微物や指紋、足跡の採取から写真撮影まで多くの鑑識活動をこなす鑑識課の大黒柱だ。ちなみに都道府県警のうち警視庁の鑑識課だけは機動鑑識という名称を使っておらず、機鑑に相当する係は現場鑑識(通称・現場=ゲンジョウ)と呼ばれている。