証拠の価値判断を誤れば、誤認逮捕を招きかねない

店員の供述によると、事件発覚前の13日午前5時50分ごろ、喫茶店の様子をうかがうため腰をかがめて縦枠に左手を添え、ドアと縦枠の隙間から中を見ると被害者が見えたので声をかけるとエプロン姿で出てきてくれた。店内で借金を申し込んだが断られたので、持ち込んだ電気コードで首を絞め、死亡したのを確認してから現金を奪ったという。

橋本らは入り口の縦枠以外にも、喫茶店のカウンター内側にある製氷機の上にあったガラスコップと水差しから店員の指紋と掌紋を検出していた。コップは客が使用した後に洗って乾かすために上下反対にして置かれていたもので、通常は洗った人の指紋が付着することはあっても、他の人物の指紋が残ることはない。

橋本らはコップと水差しの指紋からも店員の動きを考察。店員は被害者を殺害した興奮から喉が渇き、洗って伏せてあったコップを右手で取り上げ、左手に持った水差しから水を注いで飲んだ後、コップを元の位置に戻したとみていた。そして、その考察は男の供述によって裏付けられた。

川本は指摘する。「指紋の価値判断を誤ると捜査の方向性を見失う。時として犯人を見逃し、最悪の場合は誤認逮捕を招くこともある」

100年以上にわたって刑事捜査を支えてきた

日本では1911年、警視庁が刑事課を創設して鑑識係で指紋業務を扱うようになり、犯罪捜査に指紋制度が導入された。以来、「万人不同」「終生不変」の特性を持ち“客観証拠の王様”として捜査を支えてきた。

警察官たちの後ろ姿
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1982年には警察庁の指紋センターで約800万人分の指紋をDB化し、現場で採取した遺留指紋と機械で照合する「指紋自動識別システム」を導入した。2022年末現在、DBの登録は容疑者指紋が約1157万人、遺留指紋が約32万件に上る。

都道府県警は、犯罪が発生すると現場で採取した遺留指紋を警察庁のDBや疑わしい人物の指紋と照合し、容疑者特定の決め手とする。指1本には隆線という細い線の切れ目や分岐点など約100の特徴点があるとされる。日本ではこの特徴点を照合し、12点が一致すれば同一指紋と判断される。一致した場合は鑑識部門の指紋担当が「確認通知書」と呼ばれる書面を作成し、事件を扱っている捜査部門がこの通知書を容疑の裏付けとなる「疎明資料」にして裁判所に逮捕状を請求したりする。

いまは全国の警察署に、光センサーで容疑者の指紋を読み取る「指掌紋ししょうもん自動押捺おうなつ装置(ライブスキャナー)」を配備している。全警察本部と指紋センターは「遺留指紋照会端末装置」によってオンライン化され、各警察本部から指紋の照会依頼があれば最短1時間以内でのスピード回答が可能だ。