「出入り口は宝の山」と語る第一人者

橋本が初めて鑑識課に勤務したのは1973年。機鑑の前身である現場係に就いた。当時の階級は巡査部長。以来、異動で署の刑事課長となったり、警察大学校に入校したりするなどして鑑識課を出た時期もあるが、警視までの全階級で鑑識課に所属し、刑事事件の捜査を第一線で支え続けた。まさに事件現場の第一人者だ。

現場の店舗に到着した橋本らはまず、人が近づかないよう出入り口を青色ビニールシートで囲い、最優先で出入り口の検証、採取作業に取りかかった。機鑑の車にサイレンが付いているのは、誰よりも早く現場に着いて鑑識活動にとって大事な場所を押さえるためだ。現場に出入りする捜査員が誤って触れることもある。人の出入りが多い店舗などが現場だと、出入り口を真っ先に押さえるのは鑑識現場の常道だという。橋本も「出入り口は宝の山」と語る。

このときの出入り口での指紋採取には、アルミニウムなどを調合した試薬の粉末をふり、刷毛でなぞって指紋に付着させてゼラチン紙などに転写させる「粉末法」が使われた。採取には橋本自らが当たった。粉末の主成分はアルミの微粉末だが、湿度などの気象条件によって粉末の選定や配合を変えるという。刷毛の使い方も採取結果を大きく左右する。経験こそがものをいう作業だ。

指紋を採取する専門家
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現場での聞き取りも行い、状況を整理

鑑識課長だった川本修一郎は現場の鑑識活動と並行して、捜査1課に対し、参考人でも容疑者としてでも事情を聴く関係者については全員から指紋を採取して鑑識課に回すよう依頼した。橋本らが現場で検出した指紋とそれら関係者の指紋を照合するためだ。

捜査1課も、被害者が経営するマージャン店の伝票の捜査や関係者らへの聴取をすぐに開始した。事件が起きた13日は、午前1時半ごろまで、被害者の長男と常連客2人が「3人打ちマージャン」をしていたことが判明。

同じころ、被害者はすし店の20代店員とソファーに座り、テレビを見ていたことも確認できた。店員は捜査1課の聴取に対し「マージャン客が帰った後の午前1時35分ごろ店を出た。その後は(被害者が亡くなっていた)喫茶店には行っていない」と説明し、不審点も見当たらなかったという。

鑑識課では、常連客2人とこの店員の指紋を現場で採取した遺留指紋と照合。店員の指紋は、橋本らが1階喫茶店の出入り口で検出した指紋と一致した。事件発生3日目の15日だった。橋本と機鑑のメンバーらはこの指紋について、徹底した検討を加え価値を探った。その結果――。