どこででも働いて食べていけるという自営業感覚
「前の会社にいた頃は、任された案件はプロジェクト・マネージャーとして高いレベルで完遂させなくちゃという気持ちが強かったです。何よりも責任感を大事にしていました。今ですか? やっぱりお金が大事です(笑)。求められている業務を要領よくやって、もらうものはしっかりもらっています」
ここは東京駅前にあるイタリアンレストラン。名物のTボーンステーキでワインを飲みながら自嘲気味に話すのは金融機関のシステム子会社に勤める中条由里さん(仮名、47歳)。こちらの話をしっかり聞いて、率直で的確な言葉を返す。黒髪で眼鏡姿だが生真面目な印象は受けず、初対面でもよく笑いよく話してくれる。さばけた雰囲気の女性だ。
中高一貫の女子高から都内の有名私立大学の教育学部に進学した学歴を持つ中条さん。「教職免許を取ろうとすると忙しくて遊べなくなる」という理由で教職課程は取らず、将来のことは「1ミリも考えず」にサークル活動に打ち込んでいたと振り返る。
「私が卒業したのは2001年なので就職氷河期のど真ん中です。でも、就活を真面目にやった記憶はないので厳しい状況だとは実感しませんでした。私の実家は小さな工場を経営していて、今は兄が継いでいます。どこででも働いて食べていけるという自営業感覚が根づいているのかもしれません」
タスクをこなすだけの人とは話がかみ合わない
システムエンジニアとして新卒入社したのは150人規模の中小IT企業で、先端的な技術やサービスの開発を目指すベンチャー企業ではない。顧客の金融機関などに社員を派遣して対価を得ている。いわゆるSES(システムエンジニアリングサービス)だ。当時のIT業界は長時間のサービス残業などが問題となることが多かったが、中条さんの勤め先は良くも悪くも緩くて穏やかな社風だった。
「19年間働きましたが、徹夜したのは2日ぐらいしかありません。誤差の範囲内ですし、会社で夜通し遊びたかっただけかもしれません(笑)。社内の全員のことがわかる規模で居心地は良かったけれど、30歳ぐらいからはずっと辞めたいと思っていました」
どこで働いても構わないという姿勢の中条さんには野心はない。しかし、責任感が強く、能力も目線も高い。経験を重ねるにつれてイライラすることが増えていった。その勤務先にはそもそもオーバースペックだったのかもしれない。
「目の前のタスクをこなせばいいという考え方の人が多くて、案件が目指すべきところを話し合おうとしてもかみ合いませんでした。上司もまともに答えてくれません。SESのニーズは多いので会社がつぶれることはないと思いますが、低いレベルで現状維持をしていく感じです。仕事に広がりがなく、つまらなかったです」
キャリア形成にも不安があった。最先端とは言えないシステム開発の現場に期限付きで派遣されるからだ。長くても2年、短ければ1カ月後ごとに案件が変わる働き方に限界を感じた。
「最後の3年間は現場ではなく品質管理や総務人事を扱う管理部門にいました。ちゃんとした工程プロセスを定めて認証資格を受けないと応札できない案件もあるので営業活動にもつながります。でも、その会社の管理部門は5人だけで、話はやはり通じません。現場にいるとき以上に閉塞感が募ってしまいました」
キャリアブランクも「明るくそのまま言えばなんとかなる」
2019年の冬に会社を辞めた中条さん。失業保険を受給するためにハローワークに通ったものの本気の転職活動はしていない。20年近く働き続けてきたので半年ぐらいは休もうと思っていたと明かす。
ちなみに筆者は新卒入社のユニクロ(ファーストリテイリング)をわずか1年で逃げ出したが、やはり転職活動はほとんどせず、しばらく心身を休めていた。中条さんも筆者も実家が東京にある。「逃げ帰る場所がある人」の特権とも言えるが、転職という重大な選択には焦りは禁物なので使えるものはフル活用して態勢を整えるべきだと思う。
「今の職場を選べたのは母のおかげかもしれません。実は、危うくベンチャー企業に就職するところでした。IT業界の150人規模の会社で、2人の経営者が奮闘しているけれど現場の社員のやる気とコミュニケーションスキルは低め。母に話したら、『前の会社とほとんど同じじゃないの!』と指摘されてハッとしました。私は前の職場に愛着はあります。同じ匂いがする場所を求めてしまっていたのかもしれません」
中条さんはパソナキャリアを使って現在の勤務先を見つけたが、ハローワークのキャリアコンサルタントにも大いに相談したと振り返る。例えば、中途採用の面接の際、半年間のキャリアブランクについて聞かれたらどう説明すればいいのか。
コンサルタントからは「笑顔で明るくそのまま言えばなんとかなる」と楽観的なアドバイスをもらった。実際、中条さんは面接でこのように回答したという。
「前職でたくさん働いたのでちょっと充電しようと思って休んでいました。充電し切ったので明日から御社で働けます!」
面接官からはそれ以上のツッコミはなく、「明日からはちょっと早すぎます」とたじろがせることに成功。かわいげと熱意を発揮した中条さんの勝利である。
地面から宇宙に飛び上がって神々と遊んでいる感じ
転職先は大手金融機関のシステム子会社。従業員数は2,000人をはるかに超え、売上高は前の勤務先の40倍以上である。中条さんは前職での経験を生かして開発プロセスの改善などを全社に浸透させる部署で能力を発揮し、管理職に昇進。前職と比べて年収は2割もアップした。
「女性活躍推進の波に乗ってやれ、と思っています。でも、長時間労働が評価されるような雰囲気にはあらがいたいです。忙しくなりすぎないように気を付けています。休日は夫と遊びに出かけたいです」
部下は8人。年上のプロパー社員もいて、管理職として言いにくいことも言わねばならない。新卒入社の社員同士だったら、後輩が上司になることに屈辱を覚える人もいるかもしれないが、「空気の読めない」中途社員であることを前面に出して乗り切っている。
「でも、新卒入社の人たち同士のつながりはやっぱり強いですね。私も前の会社ではそうだったので、うらやましく感じることはあります。今の会社では私が困っていても助けてくれる人はいないでしょう(笑)」
会社の規模と業務内容は中条さんの能力や視座と合っていたようだ。前職に比べると得られる情報の幅が格段に広く、深く考えて提案することが求められる。中条さんは「地面から宇宙に飛び上がって神々と遊んでいる感じ」と独特の表現をする。
「前職のように顧客企業の案件の一部を引き受けるのではなく、グループ全体のシステムを長期的に見る必要があったりします。何事もゆっくりしていてバランスが大事。私はバックオフィス的な部署にいるのですが、社内向けの提案資料でもVol.100だったりします。100回も書き直している間に状況が変わってしまいますよね(笑)。グダグダと資料ばっかり作りやがって!と思うことはありますが、収益は上がっているので不思議です」
対価でドライに会社とつながっていきたい
愛着はあっても同僚と会話や思考のレベルが異なる職場はつらい。年齢を重ねれば、待遇面やキャリアが気になるのも当然だ。勇気を出して行動し、納得のいく職場に安心して身を置くことができれば、表情は明るくなってその人らしい魅力が出てくる。近くにいる人のかけがえのなさに気付くゆとりも生まれる。
中条さんが結婚したのは2024年の春。7歳年上の相手は、前職の顧客企業の担当者だった。筆者は35歳以上で結婚した「晩婚さん」を長く取材しているので、中条さんは転職の成功によって心身の安定と同時に結婚というロマンを手にしたと観察している。
「転職先には新卒文化がある日本の大企業を選びました。福利厚生が整っているし、すぐに成果を求められないからです。ただし、新卒社員は愛社精神が強くて対価をあまり求めない傾向があります。私は会社とは対価でドライにつながっていきたいです」
中条さんはイイトコどりでお金で会社とつながっていることを強調する。その転職にロマンはない。しかし、彼女がやや露悪的な自己分析をすればするほど、仕事や社会への根源的な情熱があることを筆者は感じる。
今は新婚生活を満喫している中条さん。パートナーとの信頼関係がさらに深まり、その家庭が実家を超えるような「いつでも帰っていける場所」になった暁には、上司とぶつかるほどのエネルギーで仕事に向き合う気がする。
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