※本稿は、姫野桂『心理的虐待 子どもの心を殺す親たち』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
「心の傷」だけではなく「脳の傷」が残る
親から心理的虐待を受けた子どもは心に深く傷を負い、その後の人生でも生きづらさを抱えていたり、うつ病などの病に侵されている。
これを、比喩的には「心に傷を負う」というのであろうが、科学的に見ると、負うのは比喩的な意味の「心の傷」だけではない。なんと「脳」が物理的に傷ついてしまうのだ。
35年近く、小児精神科医として子どもの発達に関する臨床研究を続け、児童虐待における脳神経への生物学的影響を調べてきた、福井大学子どものこころの発達研究センター教授の友田明美氏はこう語る。
「“虐待”と聞くと、その響きの強烈さで、事件性のあるものを思い浮かべてしまい、自分には関係ない話だと思う方もいらっしゃるかもしれません。ですから、私たちの研究では、強者である大人から、弱者である子どもへの不適切なかかわり方を“虐待”とは呼ばず、“マルトリートメント(Maltreatment=不適切な扱い)”と呼んでいます」
「ふつうの家庭」も他人事ではない
「このマルトリートメントには、“虐待”とは言い切れないくらいの言葉による脅し、威嚇や罵倒、無視をする、子どもの前で激しい夫婦喧嘩を行うなどの行為も該当します。こう聞くと、決して他人事ではないということがおわかりになると思います。
そして、このような日常的にどこの家庭にも起こり得ることで、子どもたちの脳は傷つき、変形する危険性を秘めているのです」
こう聞くと、確かに取材したサバイバーの人のほとんどが大人になってうつ病などの精神疾患を発症していることにも納得がいく。
そもそも「マルトリートメント」という概念は、欧米で生まれたものだ。米国小児医学の分野では、1962年に養育者の虐待による多発骨折などの事例をまとめた「被虐待児症候群」が報告され、「児童虐待(Child Abuse)」として注目を集め、その後に「マルトリートメント」へと概念が拡大整理されてきた。