9月27日に投開票が行われる自民党総裁選では、キングメーカーと呼ばれる菅義偉氏の動向が注目されている。『週刊文春』、月刊『文藝春秋』の編集長を歴任し、菅氏への取材を重ねてきた鈴木洋嗣さんの新著『文藝春秋と政権構想』(講談社)より、一部を紹介する――。

「総理大臣が変わる」大騒ぎの永田町で…

会館事務所に駆けつけると、菅は例によって前置きもなく、こう言った。

「(月刊「文藝春秋」の)締切はいつですか」

しめた! と思う間もなかった。このあとすぐに政権構想インタビュー、原稿のまとめ、記事チェック、校了と、スケジュールに思いをめぐらす。すべてを算段しなくてはならない。菅はむしろ「来るのが遅いじゃないか」という顔をしていた。痺れる展開が続いていく。インタビューのための日程は、翌9月1日の午後5時から6時30分までしか時間を取れないという。

すでにこの日の新聞朝刊には、「自民党総裁選 菅氏優位」(読売)、「主要派閥 菅氏支持の動き」(朝日)、「菅氏選出強まる」(毎日)という見出しが躍っていた。総理大臣が変わる――政治部記者が最も高揚する永田町の鉄火場である。そんなときに雑誌編集者がのこのこと議員会館に出かけていって、当事者に時間をもらえることに感謝しなくてはならない。

その時間、議員会館の部屋の前には官房長官番の記者が押し寄せていた。

緊急事態宣言とまん延防止等重点措置の全面解除について記者会見する菅義偉首相=2021年9月28日、首相官邸[代表撮影]
写真=時事通信フォト
緊急事態宣言とまん延防止等重点措置の全面解除について記者会見する菅義偉首相=2021年9月28日、首相官邸[代表撮影]

「政権構想は……ないんだよね」

「それで、政権構想はどういったかたちになるのでしょうか」

インタビュー時間を気にしながら、わたしは菅に尋ねた。

「政権構想は……ないんだよね」

この瞬間、わたしは椅子から転げ落ちそうになった。しかし同時に、菅さんらしいなとも思った。そもそも菅は政権構想といった大風呂敷を広げるタイプではない。

ただアタマの中でこちらの考えがまとまらない。どういう形で構想を打ち出せばいいのか。かねてより、「出馬する意思はない」とは言っていたものの、密かに政権の構想を練ってきたのではないのか。

菅は微笑んでいた。そのうしろには、官房長官秘書官の高羽陽(平成7年外務省入省)、大沢元一(平成7年大蔵省入省)が控えている。彼らは寝ずに政権構想の枠組みを考えているに違いない。菅が口にしたのは、「自助、共助、公助」という言葉だった。確か自民党の綱領にもあった文言だと思いながら、菅の言葉を聞いていた。