水害対策に使えるダムの容量を倍増させた功績

もうひとつのターゲットは、「行政の縦割り」である。これは治水ダムの問題であった。気候変動のせいで、台風が接近してくると大小問わず河川の水位が上がり堤防が決壊して大災害が繰り返される。そこで、ダムの事前放流などの水害対策を関係省庁に指示したところ、国交省の役人から報告があったという。

「全国に1470のダムがあるが、そのうち水害対策に活用されているのは国交省所管の570のダムだけ。残りの900は、経産省が所管する電力会社のダム、農水省が所管する農業用のダム等で、これら『利水ダム』は水害対策には利用されていない、と」

そこで菅のツルの一声が飛んだ。

「台風シーズンに限って、国交省が全てのダムを一元的に運用する体制」に変えてしまった。これで、全国のダム容量のうち、水害対策に使える容量が46億立方メートルから91億立方メートルに倍増した。八ッ場ダムの50個分に相当するという。治水対策として絶大な効果があったという。異常気象によって台風の日本への襲来が飛躍的に増えている現在、これはあまり知られていない、菅のお手柄だろう。

群馬県のやんばダム
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「夜中に救急車のサイレンの音で目が覚める」

そんな「国民にとって当たり前なこと」を政治課題とした、仕事師内閣もコロナには勝てなかった。安倍政権もコロナ対策で追い詰められたように、菅政権も東京五輪開催をめぐるドタバタ、何より感染者数の急増大の前に、政権のちからを削がれていった。

コロナ対策を次々と繰り出すものの、国民に対して丁寧に説明することがうまく出来なかった。元来、口下手ではあるものの、それが言い訳にならない局面を迎えた。

21年9月3日、菅は、次期総裁選への出馬を断念する。10月4日に内閣総辞職。菅政権は384日で終わった。

総理在任中に菅と会った際に、こう尋ねてみた。

「竹下総理は、夜中に針が落ちた音でも目が覚めると言っておられました。官房長官から総理になられて、何がいちばん違いますか」

菅は少し考えて小声で呟くように答えた。

「やはり、私の決めたことが最後ですから」

官房長官としての発言なら、多少乱暴であっても修正が利くが、総理の口から出れば、当然ながら、それは最終決定である。その言葉の重みが、菅の口をさらに重くしていったように思う。のちに、総理を辞めたあとの会合で菅はこう洩らしていた。

「夜中に救急車のサイレンの音で目が覚める。乗っているひとは大丈夫かなあ、無事かなあと考えるとね」

「国民の安心安全」、言葉は言い古されたものかもしれないが、総理大臣の職にあるものの業のようなものを感じた。