精神医療のあるべき姿は何か。精神科医の和田秀樹さんは「カウンセリングや精神療法に十分な時間を割いて対応すれば、良くなる患者さんは確実に増える。しかし、1人ひとりの患者さんに時間をかけていると、診療できる患者さんの数は限られるうえ、カウンセリングに時間を割く医者もどんどん疲弊していく。一方で、薬物療法を中心に診療している精神科のクリニックは、5分診療で薬を出して大儲けをしている」という――。

※本稿は、和田秀樹『「精神医療」崩壊 メンタルの不調が心療内科・精神科で良くならない理由』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

クリップボードに記入する医師
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「治せる精神療法」より「治せない薬物療法」のほうが儲かる

一般社会では、昭和世代の中高年者が現役を退くにつれ、ハラスメント問題が減り、コンプライアンスが遵守されるようになっています。

「精神科の世界でも、やっかいな古ダヌキがいなくなれば、カウンセリングや精神療法がもっと重視されるようになるのでは?」

そんな声も聞かれます。

確かに医療の世界でも、時代とともに見直される治療法は存在します。慶應義塾大学医学部放射線科の専任講師を務めていた近藤誠先生が、1988年にアメリカの論文をもとに日本の一般雑誌に紹介した「乳房温存療法(乳房に生じたがんの腫瘍だけを取り、あとは放射線で治療を行う療法)」はその代表です。

乳房温存療法の導入により、それまで乳房の全摘治療を余儀なくされていた多くの患者さんのQOL(生活の質)が飛躍的に向上しました。

しかし、乳房温存療法が雑誌で紹介された当初は、日本の乳がん治療を牽引していた教授たちの怒りを買い、近藤先生に対する排斥運動が起こりました。

なにしろ、それまで教授たちは「乳がんは乳房全摘治療をしないと死んでしまう」と患者さんに説明したり、世間に啓蒙したりしていたため、「オレたちに恥をかかせやがって」とカンカンになって怒ったわけです。

そうした教授たちがすべて定年退官したあと、近藤先生の紹介した乳房温存療法が、日本でやっと早期乳がんの標準治療となりました。そこに至るまでに15年の歳月がかかりました。

つまり、欧米のスタンダードの治療が日本に定着するのは、頭の固い教授たちのせいで10年から15年遅れるわけです。

精神医療についてはもっと深刻で、10年、15年の時を経るだけでは変わらないと思います。なぜなら、今の日本の精神医療は、「薬物療法」のほうが儲かるしくみになっていて、「精神療法」はまじめにやればやるほど経済的に困窮するという状況だからです。

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