「とりたてがうまい」とは限らない

実際に日本人が魚を生で食べるようになるのは、第二次世界大戦後の高度成長時代以降です。漁労技術の発達、冷蔵庫の急速な普及、そして冷蔵流通網の発達のおかげです。

このように、日本人が魚を生で食するのは昔からの日本の伝統とはいい難いのです。

最近は、昔は生では食べなかった魚でも、冷蔵輸送技術の進歩で何でも新鮮といって刺身で食べようとしますよね。また、安倍内閣の地方創生政策で後押しされたご当地名物も、これに乗っかっています。「鮮度が重要なので生食はここでしかできませんよ」と煽るのです。それを、メディアのコマーシャリズムがはやし立てるわけです。

正統派のお寿司や刺身を食べる方ならご存じでしょうが、魚は「とりたてが何でもうまい」というわけではありません。活け締めにして何日か置いたほうが美味になります。ですから厳密に言うと「とりたてがうまい」ではなく「とりたてなら何でも食べられる」といったほうが正しいかもしれません。

漁師は忙しく重労働なので、仕事中の食事には手軽さとカロリーと栄養補給を重視します。結果、生のままや大鍋にして食べるわけです。ですからそれが本質的に美味な食べ方であるかは即断できません。

湘南の生しらす丼ブームはいつ生まれた?

ここのところ江の島を中心に湘南の生しらす丼が大人気です。

生しらす丼
写真=iStock.com/Ayakochun
※写真はイメージです

私は近くの鎌倉出身です。江の島は私の子供のころから有名な観光地で、多くの人で賑わっていました。1964年の東京オリンピックのヨット競技の会場にもなりました。あの頂上へ登るエスカーは1959年開業です。

しかし、私が渡米した1987年までは、生しらす丼など聞いたことはありません。

実際、しらすブームの先駆けともいえる「とびっちょ」は、「湘南名物のしらすを主役にしたお店を」というオーナーの思いで2002年にオープンしました。最初は、釜揚げしらすが売りでした。そのうち生食ブームに乗って、「生しらすに限っては、通常水揚げされた当日にしか食べることができません」と謳い、それがきっかけで生しらす丼ブームが起こりました。

でも、しらすの本場である鎌倉の腰越こしごえ漁港の漁師のおじさんは、「しらすは釜揚げしてすぐ食べるのが一番だね、だけど生しらすは高く売れるからね」と言っていましたね。