寄生虫・アニサキスによる食中毒被害が増えている。どうすれば防ぐことができるのか。国立感染症研究所客員研究員の杉山広さんは「60度以上で1分間以上加熱すれば、アニサキスの幼虫を確実に殺滅できる。魚肉の深いところに侵入していることもあり、目視で全てを取り除くことは難しい」という。食品安全情報ネットワーク共同代表の小島正美さんが聞いた――。(第2回)

※本稿は、小島正美、山﨑毅『食の安全の落とし穴』(女子栄養大学出版部)の一部を再編集したものです。

虫眼鏡で魚の内臓に寄生するアニサキスを観察する
写真=iStock.com/Hakase_
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クジラに寄生する虫がどうやって人体に入るのか

ここ数年、名の知られたタレントが相次いで「こんな痛みを経験したのは初めて」などと体験を告白して注目されるようになったアニサキス症。

今では、寄生虫のアニサキスを知らない人はいないほどになってきたが、その正体やリスクの大きさを正確に知る人は意外に少ないのではないか。

アニサキス症は寿司や刺身などで魚介類を生食する日本の食文化と深く関わるだけに、この食中毒を防ぐためにも科学的な知識を身につける必要がある。アニサキス症研究の第一人者である杉山広先生にアニサキス症について教えてもらった。

――まずは、アニサキスとはどんな生き物なのでしょうか。

アニサキスとは実は学名(Anisakis)に由来し、これを和名に訳さずカタカナにしてアニサキスとそのまま呼ぶようになった線虫の総称です。海の生物に住みつく寄生虫の仲間ですね。ヒトに病気を起こすアニサキスの幼虫は、白っぽい糸くずのような虫(長さ2~3cm)です。

――線虫なのですね。どんな経路で人の口に入るのでしょうか。

アニサキスの成虫(長さ20~30cm・幼虫の約10倍の体長)はクジラの消化管に寄生しています。この成虫が産んだ卵がクジラの糞便とともに海中に排出され、海中でふ化します。卵から産まれた幼虫はオキアミという小さな甲殻類に食べられ、幼虫として発育します。

そのオキアミがイカやサバ、イワシなどに食べられると、アニサキスはそれらの魚介類の内臓や筋肉に移行し、幼虫の状態で蓄積されます。

そして、人がサバなどの魚介類を刺身などで食べると、アニサキスは幼虫のまま、人の消化管に入ります(図表1)。

ヒトや魚の中で増殖することはありませんが、ヒトの胃や腸の粘膜に穴をあけてもぐり込む(穿入せんにゅうと言う)と激しい腹部の痛みや悪心、おう吐などの症状を生じるのです。

【図表1】アニサキスの生活環
アニサキスの起源はクジラの消化管(『食の安全の落とし穴』より)

アニサキスの痛みは「アレルギー反応」が原因

――もともとはクジラにいたアニサキスが食物連鎖という長い旅路を経て、人の消化管に入るわけですね。食べたあと、どれくらいの時間で症状が生じるのでしょうか。

アニサキスのいる魚介類を食べて感染すると、人によって差はありますが、30分~1日半後に激しい胃あるいは腸の痛みが生じます。

アニサキスによる症状のうち、虫体が胃に穿入して起こる「胃アニサキス症」がアニサキス食中毒の約9割を占めます。発症のしやすさに男女差はありませんが、不思議なことに、胃に数匹ものアニサキスが穿入していても、症状が出ない人もいます。

意外に知られていませんが、腹部の激痛は幼虫が胃の粘膜に食いつくのが原因ではありません。アレルギー反応の結果として腹痛が起こるのです。

また、魚介類が原因とされる食物アレルギーのうち、魚介類そのものがアレルゲン(アレルギーを引き起こす原因物質)ではなく、実はアニサキスが原因だったという研究報告もあります。

食中毒
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