55歳前後で死ぬはずのヒトが長命になったワケ

死は、他者を生かすための、最も利他的な行為とも言えるでしょう。私たちは、人類の先祖の死と引き換えに生かされてきたのであり、死ぬことによって、将来の人類に「恩送り」ができるというわけです。そう考えれば、自分の死が意味のあるものとわかり、慰めになるのではないでしょうか。

ご存じのように、ほとんどの生物は、子どもの誕生や成長を見届けると死んでしまいます。例えば、サケは、自分が生まれた川に戻ってきて産卵すると、力尽きたように息絶えます。そうした姿を、皆さんも、TVの映像などでご覧になったことがあるはず。しかし、「万物の霊長」を自称する人類は、いささか特殊と言えるでしょう。

ヒトは、陸上動物の中でも屈指の長生きです。ただし、生物学的なヒトの寿命は本来、55歳前後だったと考えられます。

根拠の1つ目は、ゲノム(生物の遺伝情報)がヒトと約99%同じであるチンパンジーやゴリラの寿命が、40~50年だからです。

根拠の2つ目は「心臓の寿命」。ヒトだけは例外的に少し長いのですが、基本的に哺乳動物の心臓は、約20億回しか拍動できません。拍動回数の限界と1回当たりの拍動の時間から計算すると、ヒトの寿命も50年前後という結果になるのです。

3つ目の根拠は「細胞の劣化」です。細胞の分裂回数には限界があり、ヒトの細胞の場合、約50回分裂すると分裂をやめて、死んでいきます。古い細胞と「幹細胞」によってつくられる新しい細胞は、絶えず入れ替わっており、約4年で体のほぼすべての細胞が刷新されます。

ただし、心臓を動かす心筋細胞と、脳や脊髄の神経細胞は入れ替わりません。細胞が傷ついたら、それきりです。細胞のDNAは、紫外線や放射線、活性酸素などによって傷つくと、ゲノムが変異します。ゲノムの変異は分裂のたびに蓄積され、細胞増殖のコントロールに関わる遺伝子が壊れると、がん化してしまうのです。

ヒトの場合には、細胞のがん化が、55歳くらいから顕著になります。がん細胞や病原菌から体を守る免疫機能も、その頃から大幅に低下します。

それでは、なぜヒトの寿命は延びたのでしょうか? 一つの推論として挙げられるのが、人類が、長期間の「老後」を生きるという選択をして、“進化”したということです。

生物学的には、動物が子どもを産めなくなった段階、雌の閉経が「老化」、それ以降の時期が「老後」と定義されています。ところが、老後がある哺乳類は、人間以外ではシャチ、ゴンドウクジラくらいしかいません。