生まれたばかりの赤ちゃんが遺棄される事件が後を絶たない。その「加害者」となるのが、予期せぬ妊娠をし、一人で出産するという選択肢を選んだ女性たちだ。なぜ、このような悲惨な事件を防ぐことができないのか。長年「赤ちゃんポスト」を取材してきたノンフィクションライターの三宅玲子さんがリポートする――。

約8割のケースで親が「発見」されている

2007年の運用開始以来、熊本市の「こうのとりのゆりかご」(通称赤ちゃんポスト、以下ゆりかご)には、179人の赤ちゃんが預け入れられた。一般に、赤ちゃんポストは、赤ちゃんを育てられない事情のある人が、匿名で預け入れることができる仕組みだと受け取られている。だが、運用の事実はそうではない。

実際には赤ちゃんが預け入れられると、運営する医療法人聖粒会慈恵病院が警察と児童相談所に連絡するという取り決めがある。赤ちゃんは熊本市児童相談所(児相)に一時保護され、児相は全国の児相ネットワークをはじめとする情報網を活用して母親の情報を探す社会調査を行う。親が見つかったケースは2023年3月末までに預け入れられた170人のうち135件に上る。

「こうのとりのゆりかご」を運営する熊本市の慈恵病院
筆者撮影
「こうのとりのゆりかご」を運営する熊本市の慈恵病院

緊急下の母親と赤ちゃんを守るために「匿名性は守られるべき」と主張する病院と、赤ちゃんのために実親を見つけなければならないとする行政とで、長年にわたり、平行線が続いてきた。

しかし17年前、全国初となるゆりかご設置の病院改築許可を与えたのは、他でもない熊本市だった。匿名性が条件であるはずの赤ちゃんポストで、匿名性を認めない、いわば「日本型赤ちゃんポスト」がつくられていった背景には何があったのか。

安倍元首相の発言をきっかけに逆風が吹く

経緯を振り返ろう。

産婦人科医の蓮田太二氏(故人、当時の慈恵病院理事長)がゆりかごの開設について熊本市に相談したのは、2006年夏だった。同年9月、蓮田氏は熊本市の方針が固まるのを待たずに構想を公表。熊本市は庁内に組織横断の会議体制をつくり保護責任者遺棄罪をはじめ現行法に抵触しないかどうか、調査と検討を重ねた。

そして、法務省と厚労省に複数回の照会を行い、2007年2月、幸山政史熊本市長(当時)と現場責任者が厚労省を訪ね「違法性はない」との見解を受け取った。当時を知る関係者への取材では、そのとき官僚は決して否定一辺倒ではなかったという。

ところが翌日、風向きが変わる。「子どもを産むからには親として責任を持ってもらうことが大切」「匿名で子どもを置いていけるものを作るのには大変抵抗を感じる」と、安倍晋三首相(当時)が慎重論を唱えたのだ。